UFOの形をしたタイムマシンは、私をどこへ連れて行くつもりなのだろう。
乗り込んだ後で、私は急に怖くなってきた。隣に座ってニコニコしているマヒロさんが、ではなくて、私自身がだ。私は疑り深く、慎重になるべきなのん。義理の母親から手を出されたなんて真っ赤な嘘をついてきた参宮くんのことはもちろんのこと、その義理の母親その人であり息子を庇うようなマヒロさんにも、警戒すべきだった。なのにどうしてか、私はタイムマシンに乗り込んでいる。本当にタイムマシンかどうかも定かではないのに。警戒心よりも好奇心が勝ってしまった。会ったばかりのマヒロさんの言葉を全て信じてしまうのはよくないじゃーんと、頭の半分では止めようとしている私がいる。
私は私の悲願を達成するためなら、どんな手段も厭わない。
マヒロさんの取り引きには応じるつもりではあった。
私は京壱くんに再会できれば、人類がどうなろうと知ったことかってっんだ。私が過去に、京壱くんが生きていた頃に戻れたとしよう。その後、私がタイムマシンを作り上げた未来に戻れなくてもいい。一方通行で、全然構わなかった。他の誰でもない、私が、京壱くんの死に納得したい。もちろん、京壱くんを救えるのなら救いたい。その選択は、京壱くんに委ねようと思う。無理に引き留めようとは思わない。
ずっと京壱くんのために生きてきた。京壱くんのご家族ですら諦めたってのに、私は、家族からも、知人からも、距離を置かれるぐらいには、京壱くんのことが大好き。なんで死んでしまったのか、ちっともわからない。色々な人が京壱くんを忘れても、私だけは京壱くんを覚えている。
今回のチャンスを逃すわけにはいかない。
偶然に偶然が重なった結果は、必然となる。
「さあ、行くぞ弐瓶教授」
「ユニでいいよん」
「ではユニ。揺れに注意するのだぞ」
マヒロさんが目の前のスイッチを押した。スイッチの上、メーターには数字が書かれていて、二〇一八年三月九日とある。過去に飛ぶっていうもんだから恐竜のいる時代にまで行かされるのかと思いきや、案外近い。そして、なんか見覚えのある日付な気がした。パッと出てこないけれども、最近ちらほら見かけたような。私は車の助手席のような場所に座らされている。UFOの中ってこんな感じかあ、とキョロキョロしていたら、揺れ始めた。
「ふむ。無事に着いた」
小一時間。洗濯機の中に入っているぬいぐるみになった気分で揺れに耐えていたら、着いたらしいよん。ぬいぐるみになったことないけれどね。きっとこんなかーんじ。
「無事に?」
私はダブルベッドの上に着地していた。枕はひとつしか置かれていない。大きいサイズが好きな人なのかな、家主。
じゃ、なくて!
ここはどこなのん?
部屋の中を見回す。寝室かなあ。部屋の隅っこにおもちゃ箱のようなものが見える。壁にはバイクのポスターが何種類か貼ってあるけどけど。
「我は別行動するから、あとは手筈通りに頼むぞ」
「手筈通りとは!?」
何も教えてもらってナッシング。なのにマヒロさんは、窓から外に出ていった。ここは二階っぽいのに。アグレッシブ。なんかやらなきゃいけないことがあるのならタイムマシンに乗り込む前に言ってほしかったよん。
キョロキョロしていたら、ガラッと扉が開いて、風呂上がりっぽい全裸の男性が入ってきた。お互いに目が合って、固まる。
「きゃあああああああああああ!」
一瞬固まってから叫んでしまった。だって、おちんちん丸見えだったから……。ひとしきり叫んだら、むしろ叫びたいのは全裸男性のほうじゃんか、と冷静になる。いきなり全裸男性と出くわす状況に慣れていないもんで。
「どちらさんでっ?」
向こうからしたら『風呂を上がったら知らん女が土足で上がり込んでベッドに座っている』んだもん。タオルを腰に巻き付けて、私に名前を聞いてきた。
「弐瓶柚二です……神佑大学で教授をやっていて、タイムマシンを起動したらここに来ちゃって」
間違ったことは言っていない。正しくは私のタイムマシンではなくマヒロさんのタイムマシンだけれども。起動したのもマヒロさんだねん。
「ってことは、不幸な事故的な?」
「そうでごわす。すぐにお暇いたすで候」
カレンダーをチラ見する。二〇一八年の三月のカレンダー。タイムマシンのメーターと同じ。つまりは、ここにいても仕方ないねって話よねん。京壱くんが死んでしまったのは、私が高校二年生の時だから。
「まあまあ、姐さん。これもひとつの縁だから、ゆっくりしてってよ」
タオル一枚の男は、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを二本取り出して、一本を私に差し出してきた。突如現れたプリティフェイスなユニちゃんにお酒を出してくるとは、お主なかなか策士よの。お出しされたら飲まずにはいられない。飲まなきゃそんそん。断るのも失礼じゃーん?
「「かんぱーい!」」
ってなわけで、ユニちゃんは大学教授でもありますゆえ、その巧みな話術と叡智でやり過ごし、タオル一枚から部屋着に着替えた家主の男性からもてなされることに相成りました。真っ昼間からリビングで酒盛りが始まってしまったのん。へへへ。小一時間で二人ともいい感じに酔っ払ってきてしまった。他人の金で飲む酒、最高!
「これがウチの嫁と娘っち。かわいいべ?」
コワモテで背中には昇り竜の刺青が入っているようなこの兄ちゃん、話してみると結構イイ人だった件。
一人暮らしにしては広々としたファミリータイプのお部屋だなーん? と思っていたら、やはり妻子持ちじゃんね。そりゃあそうよ。
私は京壱くん一筋だから、浮気はしないよーん。
朝からお風呂に入っていたのは、夕方から朝までの時間帯で働く人だからっぽい。夜勤ってことねん。世の中全ての人が八時五時で働くわけではないもの。真っ昼間から酒を飲むのにちょこっとだけ抵抗はあったけどけど、仕事明けてパーっと飲みたいのはわかる。
人は見た目によらないねえ。
人当たりだけはいいくせに、家ではこそこそと義理の母親とえっちなことをしている誰かさんとは大違いよ。
「へ、へぇー!」
なーんて考えながら、何も身構えずにその自慢の『嫁と娘っち』を見て、さぁーっと酔いが覚めた。
声が上擦る。
嫁、先ほどまで私といたのですが、何か。
「去年どっか行っちゃって、この一年間めっさ探したんよ。オレが夜勤明けて帰ってきたらいなくなっててよお」
参宮真尋さんと一二三ちゃんの、ツーショット写真。
見間違えようがない。
待てよ。出て行った嫁がイコール真尋さんなら、この殿方は。ひょっとして八束了さんではござらんか?
「姐さん、飲みすぎか?」
「いあいあ。ぜんぜぇーん大丈夫いぶい。――私も、高校の時に大事な人がいなくなっちゃって、そん時のことを思い出してた」
京壱くんを思い出していたことにしよう。そうしよう。飲んでいたら相手がぽけーっとし始めたら、心配してしまうよねん。そういうのではないから安心してくれたまえよ。
ユニちゃんはお酒にも強いのだ。ガハハ。
「見つかったんか?」
「死んじゃった。私には何も相談してくれなかったな。そこまで思い悩んでたのなら、なんとか言ってくれたらよかったのに」
「……わりぃな、思い出させちまって」
湿っぽくなっちゃった。でもまあ、タイムマシンが本物だってのはわかったわけだから、私がマヒロさんの人類滅亡計画を手伝えばあとはこちらのもんよね。私は別に人類が滅亡しちゃってもいいもの。京壱くんにまた出会えるのなら、何だってする。
「オレも、話し合えばよかったのかな」
八束さんの視線は、手元のスマホに。
なんで真尋さんが一二三ちゃんを連れて出ていってしまったのか、八束さんの話だけだとわからんちん。一家の大黒柱として、八束さんはちょっぴり奮発してこの部屋でローン組んで、記念日にはケーキを買ってお祝いしたり、お出かけしたりしていた、って話していた。不思議だなあ。
私は好きな男の人と同じところに住んで、生活したことはない。私が一番好きなのは京壱くんであって、他の誰でもいいってわけではないからねん。だから、どういう不都合があるのかってのは想像できないなーん。
「どんなオチになるとしても、気持ちは伝えるべし! 会いに行こう!」
人生の先輩からの助言はこうだ!
あ、いや、私のほうが年下かもしれないけどけど。そこは気にしちゃダメダメ。こういうのは勢いってこーと。
「そうか!」
「思い立ったが吉日! レッツゴー! ……の前に、嫁と娘っちの居場所はわかってんのん?」
めっさ探した、って言っていたよねん。
「今はどこ住んでんのかなあ」
知らないんか。そうかそうか。探したけれど見つからなかったか。大事なものほど見失いがち。
「連絡先は?」
「何百回とかけたけど、つながらねーんだこれが」
「あらあらまあまあ」
「ほんと、一方的でさ……オレの何が悪かったのかわかんねー」
私は居場所を知っている。八束さんはこの様子だとマジで知らないみたい。参宮くんの父親と、真尋さんと、一二三ちゃん、そして参宮くんの住んでいた家の場所は把握している。今はマヒロさんと参宮くんとは真尋さんのご実家の四方谷家に住んでいるわけだけれどれど。この当時は違うからねん。
「今更のこのこ出て行っても帰れよってなんねーかなー」
「お前の想いはその程度か!」
怒鳴りつけてしまった。
お酒の勢いってことで許してほしいのん。
私は一生かけて、この人生すべてを賭して、この時点では死んでいる京壱くんと結ばれようとしているってのに、生きている嫁に会いに行けないとは情けない。
「嫁と娘っちと、やり直したいんじゃないのん?」
「やり直したいよ!」
八束さんの声も大きくなる。
「お前の嫁、再婚して今は参宮さんになってるよーん」
言おうか言うまいかぐっと堪えて、言わんほうを選択していたけれども、言ってしまった。
お酒では変わらなかった八束さんの顔色がみるみるうちに赤くなっていく。
「はあ!?」
さあてどこまで話そっかなーん。
大事な嫁が再婚相手の息子に犯されて大変なことになったことまで、私は知っているのだからね。しかも息子は自分は悪くないって言っている。反省の色、全くなし。
大事な嫁ではなくて元嫁か。
八束さんは真尋さんのことを本当に愛していたっぽいってのは先ほどまでの話と、この反応を見てバッチバチに伝わってくる。もう手がプルプル震えているしねん。酒のせいではなくて。
「わかった。行く」
「おっ。行ってこい!」
「場所は?」
「上野!」
八束さんは立ち上がると、壁にかけてあった何種類かのカギのうちのひとつを取った。玄関に置かれたヘルメットを小脇に抱える。バイクのカギなのかなん?
私が「……え、飲酒運転じゃん?」とツッコむよりも先に、家を出て行った。残される私。とりあえず残っていた酒を飲んでおこう。開けてしまったら飲み切らないと悪くなっちゃうじゃーん。
うまくいくといいな。その前に飲酒運転で逮捕されていたらおもろい。おもろくはないや。
「ユニ!」
しばらくするとマヒロさんが帰ってきた。今度は扉から。あっ、鍵かけるの忘れていたのね、私。
「なんだ、テレビは見ていないのか」
「飲んでたぁ」
「ふむ」
マヒロさんは缶やビンたちの残骸をよけて、テレビのリモコンを拾い上げる。テレビをつけるとチャンネルを切り替えて、ニュース番組を表示させた。
『東京、上野の事故現場から中継です』
事故。
野次馬だらけの事故現場。ねじ曲がったガードレールと、タイヤの痕跡。私にも見覚えのある被害者の名前。先ほどまでお話ししていた八束さん、参宮くんの父親の参宮隼人、そして参宮一二三。
「これはどういうことなのん!?」
「事故だぞ」
「この事故って、」
去来するのは『私が八束さんを煽らなければ事故は起こらなかったのでは?』という疑問。
私が焚き付けなければ、八束さんはこの部屋でウジウジしていて。きっと、生きている。どうして真尋さんが出て行ってしまったのか、思い悩みながら、それでも自分の生活のために生きていた。
真尋さんに会いに行こうとしていた八束さんのバイクが、参宮くんの父親の運転する車に突っ込まなければ、参宮くんは父親と義理の妹を失うこともない。四人家族で、今も生きているはずだった。兎にも角にも、今の状況を作り上げた発端は、この事故に違いない。
「私のせい……?」
罪悪感で胸がギュッとなる。この家の家主は戻らない。その場に座り込んだわたしに、マヒロさんは「人が死ぬって、悲しいことなのか?」と質問を投げかけてきた。
「悲しいよ、すごく」
「ふむ。覚えておこう」
乗り込んだ後で、私は急に怖くなってきた。隣に座ってニコニコしているマヒロさんが、ではなくて、私自身がだ。私は疑り深く、慎重になるべきなのん。義理の母親から手を出されたなんて真っ赤な嘘をついてきた参宮くんのことはもちろんのこと、その義理の母親その人であり息子を庇うようなマヒロさんにも、警戒すべきだった。なのにどうしてか、私はタイムマシンに乗り込んでいる。本当にタイムマシンかどうかも定かではないのに。警戒心よりも好奇心が勝ってしまった。会ったばかりのマヒロさんの言葉を全て信じてしまうのはよくないじゃーんと、頭の半分では止めようとしている私がいる。
私は私の悲願を達成するためなら、どんな手段も厭わない。
マヒロさんの取り引きには応じるつもりではあった。
私は京壱くんに再会できれば、人類がどうなろうと知ったことかってっんだ。私が過去に、京壱くんが生きていた頃に戻れたとしよう。その後、私がタイムマシンを作り上げた未来に戻れなくてもいい。一方通行で、全然構わなかった。他の誰でもない、私が、京壱くんの死に納得したい。もちろん、京壱くんを救えるのなら救いたい。その選択は、京壱くんに委ねようと思う。無理に引き留めようとは思わない。
ずっと京壱くんのために生きてきた。京壱くんのご家族ですら諦めたってのに、私は、家族からも、知人からも、距離を置かれるぐらいには、京壱くんのことが大好き。なんで死んでしまったのか、ちっともわからない。色々な人が京壱くんを忘れても、私だけは京壱くんを覚えている。
今回のチャンスを逃すわけにはいかない。
偶然に偶然が重なった結果は、必然となる。
「さあ、行くぞ弐瓶教授」
「ユニでいいよん」
「ではユニ。揺れに注意するのだぞ」
マヒロさんが目の前のスイッチを押した。スイッチの上、メーターには数字が書かれていて、二〇一八年三月九日とある。過去に飛ぶっていうもんだから恐竜のいる時代にまで行かされるのかと思いきや、案外近い。そして、なんか見覚えのある日付な気がした。パッと出てこないけれども、最近ちらほら見かけたような。私は車の助手席のような場所に座らされている。UFOの中ってこんな感じかあ、とキョロキョロしていたら、揺れ始めた。
「ふむ。無事に着いた」
小一時間。洗濯機の中に入っているぬいぐるみになった気分で揺れに耐えていたら、着いたらしいよん。ぬいぐるみになったことないけれどね。きっとこんなかーんじ。
「無事に?」
私はダブルベッドの上に着地していた。枕はひとつしか置かれていない。大きいサイズが好きな人なのかな、家主。
じゃ、なくて!
ここはどこなのん?
部屋の中を見回す。寝室かなあ。部屋の隅っこにおもちゃ箱のようなものが見える。壁にはバイクのポスターが何種類か貼ってあるけどけど。
「我は別行動するから、あとは手筈通りに頼むぞ」
「手筈通りとは!?」
何も教えてもらってナッシング。なのにマヒロさんは、窓から外に出ていった。ここは二階っぽいのに。アグレッシブ。なんかやらなきゃいけないことがあるのならタイムマシンに乗り込む前に言ってほしかったよん。
キョロキョロしていたら、ガラッと扉が開いて、風呂上がりっぽい全裸の男性が入ってきた。お互いに目が合って、固まる。
「きゃあああああああああああ!」
一瞬固まってから叫んでしまった。だって、おちんちん丸見えだったから……。ひとしきり叫んだら、むしろ叫びたいのは全裸男性のほうじゃんか、と冷静になる。いきなり全裸男性と出くわす状況に慣れていないもんで。
「どちらさんでっ?」
向こうからしたら『風呂を上がったら知らん女が土足で上がり込んでベッドに座っている』んだもん。タオルを腰に巻き付けて、私に名前を聞いてきた。
「弐瓶柚二です……神佑大学で教授をやっていて、タイムマシンを起動したらここに来ちゃって」
間違ったことは言っていない。正しくは私のタイムマシンではなくマヒロさんのタイムマシンだけれども。起動したのもマヒロさんだねん。
「ってことは、不幸な事故的な?」
「そうでごわす。すぐにお暇いたすで候」
カレンダーをチラ見する。二〇一八年の三月のカレンダー。タイムマシンのメーターと同じ。つまりは、ここにいても仕方ないねって話よねん。京壱くんが死んでしまったのは、私が高校二年生の時だから。
「まあまあ、姐さん。これもひとつの縁だから、ゆっくりしてってよ」
タオル一枚の男は、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを二本取り出して、一本を私に差し出してきた。突如現れたプリティフェイスなユニちゃんにお酒を出してくるとは、お主なかなか策士よの。お出しされたら飲まずにはいられない。飲まなきゃそんそん。断るのも失礼じゃーん?
「「かんぱーい!」」
ってなわけで、ユニちゃんは大学教授でもありますゆえ、その巧みな話術と叡智でやり過ごし、タオル一枚から部屋着に着替えた家主の男性からもてなされることに相成りました。真っ昼間からリビングで酒盛りが始まってしまったのん。へへへ。小一時間で二人ともいい感じに酔っ払ってきてしまった。他人の金で飲む酒、最高!
「これがウチの嫁と娘っち。かわいいべ?」
コワモテで背中には昇り竜の刺青が入っているようなこの兄ちゃん、話してみると結構イイ人だった件。
一人暮らしにしては広々としたファミリータイプのお部屋だなーん? と思っていたら、やはり妻子持ちじゃんね。そりゃあそうよ。
私は京壱くん一筋だから、浮気はしないよーん。
朝からお風呂に入っていたのは、夕方から朝までの時間帯で働く人だからっぽい。夜勤ってことねん。世の中全ての人が八時五時で働くわけではないもの。真っ昼間から酒を飲むのにちょこっとだけ抵抗はあったけどけど、仕事明けてパーっと飲みたいのはわかる。
人は見た目によらないねえ。
人当たりだけはいいくせに、家ではこそこそと義理の母親とえっちなことをしている誰かさんとは大違いよ。
「へ、へぇー!」
なーんて考えながら、何も身構えずにその自慢の『嫁と娘っち』を見て、さぁーっと酔いが覚めた。
声が上擦る。
嫁、先ほどまで私といたのですが、何か。
「去年どっか行っちゃって、この一年間めっさ探したんよ。オレが夜勤明けて帰ってきたらいなくなっててよお」
参宮真尋さんと一二三ちゃんの、ツーショット写真。
見間違えようがない。
待てよ。出て行った嫁がイコール真尋さんなら、この殿方は。ひょっとして八束了さんではござらんか?
「姐さん、飲みすぎか?」
「いあいあ。ぜんぜぇーん大丈夫いぶい。――私も、高校の時に大事な人がいなくなっちゃって、そん時のことを思い出してた」
京壱くんを思い出していたことにしよう。そうしよう。飲んでいたら相手がぽけーっとし始めたら、心配してしまうよねん。そういうのではないから安心してくれたまえよ。
ユニちゃんはお酒にも強いのだ。ガハハ。
「見つかったんか?」
「死んじゃった。私には何も相談してくれなかったな。そこまで思い悩んでたのなら、なんとか言ってくれたらよかったのに」
「……わりぃな、思い出させちまって」
湿っぽくなっちゃった。でもまあ、タイムマシンが本物だってのはわかったわけだから、私がマヒロさんの人類滅亡計画を手伝えばあとはこちらのもんよね。私は別に人類が滅亡しちゃってもいいもの。京壱くんにまた出会えるのなら、何だってする。
「オレも、話し合えばよかったのかな」
八束さんの視線は、手元のスマホに。
なんで真尋さんが一二三ちゃんを連れて出ていってしまったのか、八束さんの話だけだとわからんちん。一家の大黒柱として、八束さんはちょっぴり奮発してこの部屋でローン組んで、記念日にはケーキを買ってお祝いしたり、お出かけしたりしていた、って話していた。不思議だなあ。
私は好きな男の人と同じところに住んで、生活したことはない。私が一番好きなのは京壱くんであって、他の誰でもいいってわけではないからねん。だから、どういう不都合があるのかってのは想像できないなーん。
「どんなオチになるとしても、気持ちは伝えるべし! 会いに行こう!」
人生の先輩からの助言はこうだ!
あ、いや、私のほうが年下かもしれないけどけど。そこは気にしちゃダメダメ。こういうのは勢いってこーと。
「そうか!」
「思い立ったが吉日! レッツゴー! ……の前に、嫁と娘っちの居場所はわかってんのん?」
めっさ探した、って言っていたよねん。
「今はどこ住んでんのかなあ」
知らないんか。そうかそうか。探したけれど見つからなかったか。大事なものほど見失いがち。
「連絡先は?」
「何百回とかけたけど、つながらねーんだこれが」
「あらあらまあまあ」
「ほんと、一方的でさ……オレの何が悪かったのかわかんねー」
私は居場所を知っている。八束さんはこの様子だとマジで知らないみたい。参宮くんの父親と、真尋さんと、一二三ちゃん、そして参宮くんの住んでいた家の場所は把握している。今はマヒロさんと参宮くんとは真尋さんのご実家の四方谷家に住んでいるわけだけれどれど。この当時は違うからねん。
「今更のこのこ出て行っても帰れよってなんねーかなー」
「お前の想いはその程度か!」
怒鳴りつけてしまった。
お酒の勢いってことで許してほしいのん。
私は一生かけて、この人生すべてを賭して、この時点では死んでいる京壱くんと結ばれようとしているってのに、生きている嫁に会いに行けないとは情けない。
「嫁と娘っちと、やり直したいんじゃないのん?」
「やり直したいよ!」
八束さんの声も大きくなる。
「お前の嫁、再婚して今は参宮さんになってるよーん」
言おうか言うまいかぐっと堪えて、言わんほうを選択していたけれども、言ってしまった。
お酒では変わらなかった八束さんの顔色がみるみるうちに赤くなっていく。
「はあ!?」
さあてどこまで話そっかなーん。
大事な嫁が再婚相手の息子に犯されて大変なことになったことまで、私は知っているのだからね。しかも息子は自分は悪くないって言っている。反省の色、全くなし。
大事な嫁ではなくて元嫁か。
八束さんは真尋さんのことを本当に愛していたっぽいってのは先ほどまでの話と、この反応を見てバッチバチに伝わってくる。もう手がプルプル震えているしねん。酒のせいではなくて。
「わかった。行く」
「おっ。行ってこい!」
「場所は?」
「上野!」
八束さんは立ち上がると、壁にかけてあった何種類かのカギのうちのひとつを取った。玄関に置かれたヘルメットを小脇に抱える。バイクのカギなのかなん?
私が「……え、飲酒運転じゃん?」とツッコむよりも先に、家を出て行った。残される私。とりあえず残っていた酒を飲んでおこう。開けてしまったら飲み切らないと悪くなっちゃうじゃーん。
うまくいくといいな。その前に飲酒運転で逮捕されていたらおもろい。おもろくはないや。
「ユニ!」
しばらくするとマヒロさんが帰ってきた。今度は扉から。あっ、鍵かけるの忘れていたのね、私。
「なんだ、テレビは見ていないのか」
「飲んでたぁ」
「ふむ」
マヒロさんは缶やビンたちの残骸をよけて、テレビのリモコンを拾い上げる。テレビをつけるとチャンネルを切り替えて、ニュース番組を表示させた。
『東京、上野の事故現場から中継です』
事故。
野次馬だらけの事故現場。ねじ曲がったガードレールと、タイヤの痕跡。私にも見覚えのある被害者の名前。先ほどまでお話ししていた八束さん、参宮くんの父親の参宮隼人、そして参宮一二三。
「これはどういうことなのん!?」
「事故だぞ」
「この事故って、」
去来するのは『私が八束さんを煽らなければ事故は起こらなかったのでは?』という疑問。
私が焚き付けなければ、八束さんはこの部屋でウジウジしていて。きっと、生きている。どうして真尋さんが出て行ってしまったのか、思い悩みながら、それでも自分の生活のために生きていた。
真尋さんに会いに行こうとしていた八束さんのバイクが、参宮くんの父親の運転する車に突っ込まなければ、参宮くんは父親と義理の妹を失うこともない。四人家族で、今も生きているはずだった。兎にも角にも、今の状況を作り上げた発端は、この事故に違いない。
「私のせい……?」
罪悪感で胸がギュッとなる。この家の家主は戻らない。その場に座り込んだわたしに、マヒロさんは「人が死ぬって、悲しいことなのか?」と質問を投げかけてきた。
「悲しいよ、すごく」
「ふむ。覚えておこう」