**無職42日目(10月12日)
心太朗が住む街には、毎年秋に松岡神社で大きな祭りがやってくる。神輿が2日間もかけてこの辺りの街から集まってきて、地域住民総出で大盛り上がり。しかも学校まで休みになるぐらいだ。まるで「祭りは義務です」と言わんばかりの本気っぷり。
しかし、心太朗にはその祭り魂が1ミリも響かない。人混みが苦手だし、楽しんでいる人たちを見ると、まるで自分が場違いなエキストラのように感じてしまうのだ。いつもなら「無理無理」と逃げるところだが、今年は違った。なぜなら、妻の澄麗が行きたがっているのだ。「神輿見たい!お祭りの雰囲気が最高!」と目をキラキラさせて言うもんだから、心太朗も渋々承諾。だが澄麗は妊婦。人混みは危険だから、滞在時間は「小一時間だけ」という条件付きで参加することに。
澄麗が神輿やお祭りの雰囲気に興味津々なのに対し、心太朗の関心事はもっぱら「屋台の飯」だ。だが、ポテトとかフランクフルトなんて今さら感がすごい。「もっと珍しいもんないの?」という気持ちで歩いていると、意外にも屋台が進化していた。祭りなんて久しぶりだから、昔の定番がどうなったかなんて知らないが、チーズハットグなんてものが売っていた。「え、デカッ!」と思いつつも一口かじる。ほかにもタン塩や「はしまき」なんていう、聞いたこともないものまで並んでいる。「え、これ今の祭りの標準装備なの?」とカルチャーショックを受ける心太朗。まさかお祭りに来てグルメ探訪気分になるとは。
そんな感じで食べ歩きをしていると、澄麗が「神輿見たい!」と再び盛り上がる。「あぁ、来たよ、神輿ターン」と内心ため息をつく心太朗だが、付き合わざるを得ない。でも、境内に向かう道はすごい人混み。「妊婦を人混みに連れて行くわけにはいかん!」と、無理やり澄麗を引っ張って脇道に避難させた。坂道で立つのが大変だったが、あの密集よりははるかにマシだ。「これで安全確保だな」と思いつつ、遠くから神輿を見る。澄麗はスマホを手に、興奮して動画を撮っているが、心太朗は内心「いや、こんなの興奮する?」と思いながらつき合う。
ちなみに、心太朗が住んでいる家は元々祖父母の家だった。幼い頃は祖父に手を引かれて、この同じ祭りに何度も連れて行ってもらった。あの頃はお祭りが大好きで、夜遊びできるってだけで大興奮。「ポテト買って!」「フランクフルトも!」とワガママ放題だったが、祖父は何でも買ってくれた。今思えば「あれは財布の限界を超えていたのでは?」と不安になるぐらい。でも、その時は全く気にせず、毎年お祭りを楽しんでいた。
しかし、大人になるにつれて気づいた。ポテトやフランクフルトなんて、いつだって買えるじゃないかと。そして、祭りに行く度に人混みが鬱陶しくなり、楽しんでる人を見ると「え?なんでそんな楽しそうなの?」と、心が置いてけぼりを食らうようになった。昔の写真を見返すと、法被を着て母に担がれ、神輿に嬉しそうに乗っている自分の姿がある。…いや、今では神輿なんて乗りたいどころか、一目見ただけでお腹いっぱい。
帰り道、澄麗が「ベビーカステラ食べたい」と言い出す。「おいおい、最後は定番かよ!」とツッコミたくなりつつも、買って一緒に食べた。
そして、ふと心太朗は思う。もし自分に子供ができたら、あの頃みたいに手を握って、3人で祭りに来ることがあるのかもしれない。もしかすると、その時に、失われた「祭りのワクワク」を我が子が再び教えてくれるんじゃないか、とちょっとだけ期待している自分がいた。「ま、今は一ミリも興味はないけど、、」と苦笑いしながら。