「いかがでしょう?」
「見た目は悪くないが、味はわからんな。この料理には毒が入っているのだろう?」
 美緒は目を見開いた。

「そんな、まさか」
 狼狽えそうになるのを隠し、三色団子を見て、慌てて目を逸らす。

 茨はそれを見逃さなかったらしく、愉快そうに笑った。

「ごまかさずとも良いわ。力では敵わぬからと、へりくだって私に取り入り、隙を見て毒を盛るなどいかにも愚かな小娘の考えそうなことよ。お前が離れの屋敷で枝垂桜の精から何かを受け取ったと聞いておるのだ。その様子だと毒が入っているのは団子か」
「茨様! 聞き捨てなりません、それはまことですか!」

 後ろの席にいた鬼が背後から美緒の肩を掴んだ。大きな手が肩に食い込む。
 他の鬼たちもやって来て美緒を取り巻く。いずれも殺気立っていた。

「ちが、違います! 誓って毒など入っておりません! 疑うならわたしが毒味します!」
 痛みに顔を歪めながら必死に訴える。
「ならぬ。毒味は狐にさせる」
 美緒は大きく肩を震わせた。

「こやつ、やはり――!」
「止めんか!!」
 激高して拳を振り上げた鬼を茨が一喝した。

「邪魔だ。引っ込んでいろ。私がそうしろと言うまで手を出すな。殺すぞ」
「も、申し訳ございません。出過ぎた真似を……」
 凄みを帯びた声で言われ、鬼は委縮した様子で下がった。
 遠巻きに見ていた鬼たちも不満げにしながら戻って行く。

「良かったな。命拾いしたぞ。さっきの鬼に殴られればお前の頭などリンゴのように弾け飛んでおったわ」
 茨が笑い、顎に手をかけてきた。
 浅黒い顔が近づき、吐息がかかって気持ち悪い。

 頬に爪を食いこませ、至近距離から舐めるように美緒を見た後、ようやく茨は手を離した。

 一連の流れにも朝陽は無表情で立っている。
 でも、その手が固く握り締められていることに美緒は気づいていた。

(堪えてくれてありがとう)
 朝陽が割って入り、茨を殴り飛ばしていれば悲惨な結末にしかならなかった。

「狐。ここに座れ。お前が食べた後、私が食べよう。私を殺すほどの猛毒ならば、野狐なら口に含んだだけで即死するはずだからな」
「承知しました」
 朝陽は茨の隣に座った。

 使用人がやって来て、おしぼりや箸や皿を朝陽に渡す。
 朝陽はおしぼりで手を拭き、それぞれの料理から少量を取って口に運んだ。まずはから揚げ、かぼちゃサラダ……最後にピリ辛のきんぴらごぼう。

 美緒は震えながらそれを見ていた。

「特に異常はありません」
 朝陽が言うと、茨は食べ始めた。

「あの、茨様、次からはやはりわたしが」
「しつこいぞ小娘。いますぐ狐を殺されたいか」
 美緒は絶望したように頭を垂れた。

「ふむ。このだし巻き卵はうまいな。から揚げの塩加減もちょうど良い」
 茨が楽しそうに批評する一方、美緒は項垂れたまま、腹の前で両手を組んだ。事前に打ち合わせていたポーズだ。これで銀太は外で待機している烏丸たちを呼びに行ったはず。

 茨は一口で大きなハンバーグを平らげ、お茶を飲み、から揚げを咀嚼した。

 いなり寿司も二口で食べ終わり、続いてきんぴらごぼうを丸ごと箸でつまんで口に入れ――咀嚼し、嚥下する。

 その瞬間、ぽんっと煙が上がり、茨の姿が消えた。

 代わって空中に出現したのは一匹の雀。

 落下途中にある雀を朝陽が素早くキャッチし、鳥籠に放り込んで入り口を閉めた。

 それから、後ろを向いて口に含んでいたきんぴらごぼうを地面に吐き捨てる。
 農家の皆さんごめんなさいと心の中で謝った。多分朝陽も同じことを思っているだろう。

 でも、これで作戦は大成功だ。

「………………?」
 鳥籠の中の薔薇にダイブした雀も、その場に居合わせた鬼たちも、使用人たちも、呆然としている。
 何が起きたのかわかっていないようだ。

「残念」
 美緒は顔を上げて、勝利の笑みを浮かべた。

「入っていたのは毒じゃない。雀のお宿の丸薬よ!」

 飲めば一日限定でどんなあやかしも雀になる丸薬。
 美緒は味の濃いきんぴらごぼうに砕いたそれを仕込んでいたのだ。