「はい。ありがとうございます。朝陽くん、ちょっとこっちに来て。料理の前に渡したいものがあるの」
 火の玉の目(?)があるところで朝陽を正気に戻したら、火の玉が使用人に告げ口し、そこから茨に伝わるかもしれない。

 そう懸念した美緒は、茨を口実にして朝陽を別室に連れ出すことに成功した。
 十畳ほどの和室である。
 普段は客室として使用されているのか、部屋の中央に正方形の座卓があり、座布団があった。

「渡したいものって何」
 朝陽と向かい合って立ち、耳を澄ませても他の部屋からは何の物音もしない。この屋敷にいるのは朝陽と美緒の二人だけのようだ。

「さっきアマネ様の使いが来られてね、相談員の紐が赤から紫に変わるからこれを朝陽くんに至急渡してほしいって頼まれたの」
 左の袖に入れていた組み紐を差し出す。

「……アマネ様の使いが来た? そんな話聞いてないけど」
 疑惑の眼差しを向けられても美緒は狼狽えず、平然と言った。

「その間朝陽くんはお風呂だったんだと思うよ。疑うなら比べてみて。ほら、全く同じでしょう?」
 朝陽は半信半疑という顔だったが、自分の左手首にあるものと紫色の組み紐を見比べて納得したようだ。

 赤い組み紐の留め具を外して、紫色の紐を手に取る。
 固唾を飲んで見ていると、朝陽は紫色の組み紐の留め具をかけた。

 ――たちまち、朝陽は硬直した。

 目をぱちくりさせた後、呆けた顔で美緒を見る。

 そして両手で顔を覆い、天井を仰いだ。