「……いいえ」
美緒はかぶりを振った。
「朝陽さんはただ、弟の身体を心配しただけです。朝陽さんの想いは、銀太くんだってきっとわかってますよ。銀太くんの死は辛いことですけど、教えてもらわなければ、わたし、きっといつまでも、それこそおばあちゃんになってもずっと、銀太くんのことを考え続けたと思います。だから、わざわざ会いに来てくださって、手紙でも言伝《ことづて》でもなく直接教えてくださって、ありがとうございました」
頭を下げる。
「……なるほど。銀太が君を慕うわけだ。いい人だな、君は」
ふ、と。
形の良い唇を笑みが掠めた。
「いえ、そんなことないですよ」
美緒は狼狽した。
初めて見る朝陽の笑顔に、『いい人』という単語に。
これはちょっと、いやだいぶ、反応に困る。
「ええと……引っ越したのに、よくわたしの居場所がわかりましたね」
どうにか話題を捻り出す。
「君が光瑛高校を受験すると良枝《よしえ》さんに聞いたからな。もしも受かれば高校の近くで一人暮らしをすることになるだろう、とも」
「えっ。おばあちゃんと会ったんですか?」
良枝とは祖母の名前だ。
祖母は半年前に亡くなり、美緒が家を出たいま、祖母の家では叔母一家が暮らしている。
「ああ。良枝さんも君と同じくあやかしが見える人だし、昔はあやかしの相談員をやっていたそうだから、おれを見ても全く驚いてなかったぞ」
「あやかしの相談員?」
美緒が首を捻ると、朝陽は右手でジャケットの左袖を引いた。
彼の左手首には赤い紐が巻き付けられている。
美緒は目を丸くした。
祖母の遺品整理の際、これと全く同じものを見た。
戸棚の引き出しの木箱の中に、大事そうにしまわれていた、赤い紐。
「これ……」
「この紐はあやかしの相談員の証なんだ。ヨガクレの守護神、アマネ様が手ずから編んだ紐で、『何かあれば気軽に声をかけてください、あなたの相談に乗り、できる限り協力します』という意味を持つ。この紐を身に着けていれば、困っているあやかしが寄って来る。君のおばあさんは昔、君と同じようにヨガクレに行って、アマネ様に認められ、人とあやかしの橋渡し役をしていたんだよ」
「……。初耳です」
だが、それならば祖母がやたらとあやかしに詳しかったことや、あやかしの隠れ里の存在を知っていたことにも納得がいく。
(おばあちゃん、そんなことしてたんだ……)
「この紐を持っているってことは、朝陽さんも相談員なんですね」
「おれは相談員っていう柄でもないんだけどな。銀太がやりたがっていたから、おれが代わりにその夢を引き継ぐことにした。おれは人として暮らし、人に混じって生きるあやかしの助けになりたいと思ってる。現世にも多くのあやかしが住んでいることは、君も知っているだろう?」
「はい。銀太くんと会ってから、わたし、あやかしに対するイメージが変わりました。怖がってばかりいたけれど、身を呈してわたしを守ってくれるような、優しいあやかしもいるんだなって。それから、あやかしと積極的に関わるようになったんです。思い切って話してみるとみんな優しいあやかしばかりで、時々家にも遊びに来てくれました。月に一度は、おばあちゃんも交えてお茶会を開いたりしてたんですよ」
集まるあやかしの面子によって、メインの飲み物が紅茶になるときもあれば、緑茶や珈琲にもなった。
お茶受けも老舗の和菓子だったりスナック菓子だったり。
お茶会と言いつつゲーム大会が開催されることもあった、基本的になんでもありの、和気藹々としたあやかしたちとの交流会に思いを馳せ、美緒は知らずに笑んでいた。
美緒はかぶりを振った。
「朝陽さんはただ、弟の身体を心配しただけです。朝陽さんの想いは、銀太くんだってきっとわかってますよ。銀太くんの死は辛いことですけど、教えてもらわなければ、わたし、きっといつまでも、それこそおばあちゃんになってもずっと、銀太くんのことを考え続けたと思います。だから、わざわざ会いに来てくださって、手紙でも言伝《ことづて》でもなく直接教えてくださって、ありがとうございました」
頭を下げる。
「……なるほど。銀太が君を慕うわけだ。いい人だな、君は」
ふ、と。
形の良い唇を笑みが掠めた。
「いえ、そんなことないですよ」
美緒は狼狽した。
初めて見る朝陽の笑顔に、『いい人』という単語に。
これはちょっと、いやだいぶ、反応に困る。
「ええと……引っ越したのに、よくわたしの居場所がわかりましたね」
どうにか話題を捻り出す。
「君が光瑛高校を受験すると良枝《よしえ》さんに聞いたからな。もしも受かれば高校の近くで一人暮らしをすることになるだろう、とも」
「えっ。おばあちゃんと会ったんですか?」
良枝とは祖母の名前だ。
祖母は半年前に亡くなり、美緒が家を出たいま、祖母の家では叔母一家が暮らしている。
「ああ。良枝さんも君と同じくあやかしが見える人だし、昔はあやかしの相談員をやっていたそうだから、おれを見ても全く驚いてなかったぞ」
「あやかしの相談員?」
美緒が首を捻ると、朝陽は右手でジャケットの左袖を引いた。
彼の左手首には赤い紐が巻き付けられている。
美緒は目を丸くした。
祖母の遺品整理の際、これと全く同じものを見た。
戸棚の引き出しの木箱の中に、大事そうにしまわれていた、赤い紐。
「これ……」
「この紐はあやかしの相談員の証なんだ。ヨガクレの守護神、アマネ様が手ずから編んだ紐で、『何かあれば気軽に声をかけてください、あなたの相談に乗り、できる限り協力します』という意味を持つ。この紐を身に着けていれば、困っているあやかしが寄って来る。君のおばあさんは昔、君と同じようにヨガクレに行って、アマネ様に認められ、人とあやかしの橋渡し役をしていたんだよ」
「……。初耳です」
だが、それならば祖母がやたらとあやかしに詳しかったことや、あやかしの隠れ里の存在を知っていたことにも納得がいく。
(おばあちゃん、そんなことしてたんだ……)
「この紐を持っているってことは、朝陽さんも相談員なんですね」
「おれは相談員っていう柄でもないんだけどな。銀太がやりたがっていたから、おれが代わりにその夢を引き継ぐことにした。おれは人として暮らし、人に混じって生きるあやかしの助けになりたいと思ってる。現世にも多くのあやかしが住んでいることは、君も知っているだろう?」
「はい。銀太くんと会ってから、わたし、あやかしに対するイメージが変わりました。怖がってばかりいたけれど、身を呈してわたしを守ってくれるような、優しいあやかしもいるんだなって。それから、あやかしと積極的に関わるようになったんです。思い切って話してみるとみんな優しいあやかしばかりで、時々家にも遊びに来てくれました。月に一度は、おばあちゃんも交えてお茶会を開いたりしてたんですよ」
集まるあやかしの面子によって、メインの飲み物が紅茶になるときもあれば、緑茶や珈琲にもなった。
お茶受けも老舗の和菓子だったりスナック菓子だったり。
お茶会と言いつつゲーム大会が開催されることもあった、基本的になんでもありの、和気藹々としたあやかしたちとの交流会に思いを馳せ、美緒は知らずに笑んでいた。