「しかし、もしあなたがわたしに協力してくださるならわたしが烏丸様を止めます。たとえ烏丸様が激高しようと、お父様の命だけは保証してみせます。いかがでしょうか」
判決を待っていると、百地はしばしの無言の後、吐息した。
「……何故それを私に話すのですか? 私が一声かければ、いますぐ使用人たちがあなたを拘束するでしょう。当然、父の耳にも入る。あなたが何を企んでいようと、全ては水泡へ帰します」
「簡単ですよ。あなたはわたしを気遣ってくださった。信用できる、優しい鬼だと思ったからです」
微笑むと、百地は呻いた。
「……そんなことで……」
「敵陣にあって優しくされることが、どんなに嬉しく、ありがたいことか。百地さんはお父様の振る舞いに心を痛めているのではありませんか。このままではいけないと思っているのではありませんか。わたしは黒田さんが幽閉で済んだのはあなたが必死で諫めたおかげではないかと推測しています。失礼ながらお父様には自分本位で他人を尊ぶ心が全くない。一羽の烏天狗の生死など気にしないでしょう」
「……ええ。全くその通りです。父は愚かなんですよ。自分こそが世界の支配者だと信じて疑わない。全ての物事が自分の思い通りに行くと思っている。そうでなければ怒り狂い、暴れ回るんです。その暴れ振りを見たら誰も逆ろうなどと思えない。本気で怒った父は手がつけられないんです」
百地は右手で頭を押さえ、かぶりを振った。
「それでは駄目だ、思いやりの心を持てと、何度口で言っても聞かないからあなたのおばあ様が正義の鉄槌を下したというのに、逆恨みして、無関係な孫のあなたを恨みの捌け口にし、また愚かな行為を繰り返している……全く馬鹿な父親です。それでもね、あんな馬鹿親父でも、たった一人の父なんですよ」
手を離し、百地は頷いた。
「わかりました。あなたに協力します」
「ありがとうございます!」
美緒は歓喜し、腹の前で両手を絡めた。
「いえ。その代わり、烏丸様から父を守ってくださいね……というか、あなたは一体何をしようとしているんですか?」
首を傾げた百地に、美緒は作戦を打ち明けた。
すると、百地は顎に手をやり、
「……なるほど。それは面白い手です。うまくいけば完全に父は無力化されますね。その状態で暴れ回っても被害はたかが知れている……いや、よく思いつきました」
感心したように言いながら、百地は左手の袖を引いた。
彼の左手首には紫色の組み紐が結んであった。
朝陽の組み紐と同じだ。違うのは色だけ。
「これが香を無効化しているものです。アマネ様からいただいたんですよ。私は幼い頃から掃除が好きでしてね、大人のあやかしと交じってアマネ様の神社をよく掃除しに行ったものです。そうしたらアマネ様からいただきました。幸運と魔除けのお守りだと。虐められたらこれを見せるといいと」
「虐められたら?」
質問すると、百地は頬を掻いた。
「ええ。恥ずかしい話ですが、私は鬼にしては虚弱なほうでして。皆のように外へ出て殴り合うよりは部屋で読書しているほうが好きでした」
(殴り合うって……そこは普通、皆のように外へ出て『遊ぶ』よりは、じゃないの?)
殴り合いが日常なのか。鬼の気性は随分と荒いようだ。
「おかげでよく虐められていたんです。一度、顔に痣を作ってアマネ様の神社に行ったのですよ。するとアマネ様は私を心配し、これをくださったんです。もしまた虐められたらこれを見せるといいと。この組み紐はアマネ様の加護の象徴です。効果は覿面でした。もう誰も私を虐めようとはしてきませんでしたよ。何せアマネ様は神様、ヨガクレで最強の存在ですからね」
百地は組み紐の留め具を外した。
「それを外してしまったら百地さんが……」
「ええ。しかし、しばらくは大丈夫です。香の影響を受ける前に、私は急いで屋敷を離れます。事態が落ち着いた頃に戻ってきますから、これはあなたのご友人に使ってください。大切な方なのでしょう?」
「……はい」
微笑まれて、美緒は頷いた。
「ご友人に馬鹿親父が本当にすまなかったと伝えておいてください。謝って済むことではありませんが……」
差し出された組み紐を受け取って、首を振る。
「お父様を恨むことがあっても、あなたを恨むことはありませんよ。優しい人ですから。ありがとうございます。使わせていただきます」
組み紐を両手で握り締める。
これがあれば、朝陽を救える。元の彼に戻ってくれる――そう思うと、いますぐに駆け出したいくらいだった。
喜ぶ美緒をどう捉えたのか、ふと、百地の表情が曇った。
「……本来父を諫めるのは息子である私の仕事。私が無力なばかりにこんなことになってしまって、本当に情けなく、申し訳ない限りなのですが……どうか父をよろしくお願いします」
百地は深々と頭を下げた。
判決を待っていると、百地はしばしの無言の後、吐息した。
「……何故それを私に話すのですか? 私が一声かければ、いますぐ使用人たちがあなたを拘束するでしょう。当然、父の耳にも入る。あなたが何を企んでいようと、全ては水泡へ帰します」
「簡単ですよ。あなたはわたしを気遣ってくださった。信用できる、優しい鬼だと思ったからです」
微笑むと、百地は呻いた。
「……そんなことで……」
「敵陣にあって優しくされることが、どんなに嬉しく、ありがたいことか。百地さんはお父様の振る舞いに心を痛めているのではありませんか。このままではいけないと思っているのではありませんか。わたしは黒田さんが幽閉で済んだのはあなたが必死で諫めたおかげではないかと推測しています。失礼ながらお父様には自分本位で他人を尊ぶ心が全くない。一羽の烏天狗の生死など気にしないでしょう」
「……ええ。全くその通りです。父は愚かなんですよ。自分こそが世界の支配者だと信じて疑わない。全ての物事が自分の思い通りに行くと思っている。そうでなければ怒り狂い、暴れ回るんです。その暴れ振りを見たら誰も逆ろうなどと思えない。本気で怒った父は手がつけられないんです」
百地は右手で頭を押さえ、かぶりを振った。
「それでは駄目だ、思いやりの心を持てと、何度口で言っても聞かないからあなたのおばあ様が正義の鉄槌を下したというのに、逆恨みして、無関係な孫のあなたを恨みの捌け口にし、また愚かな行為を繰り返している……全く馬鹿な父親です。それでもね、あんな馬鹿親父でも、たった一人の父なんですよ」
手を離し、百地は頷いた。
「わかりました。あなたに協力します」
「ありがとうございます!」
美緒は歓喜し、腹の前で両手を絡めた。
「いえ。その代わり、烏丸様から父を守ってくださいね……というか、あなたは一体何をしようとしているんですか?」
首を傾げた百地に、美緒は作戦を打ち明けた。
すると、百地は顎に手をやり、
「……なるほど。それは面白い手です。うまくいけば完全に父は無力化されますね。その状態で暴れ回っても被害はたかが知れている……いや、よく思いつきました」
感心したように言いながら、百地は左手の袖を引いた。
彼の左手首には紫色の組み紐が結んであった。
朝陽の組み紐と同じだ。違うのは色だけ。
「これが香を無効化しているものです。アマネ様からいただいたんですよ。私は幼い頃から掃除が好きでしてね、大人のあやかしと交じってアマネ様の神社をよく掃除しに行ったものです。そうしたらアマネ様からいただきました。幸運と魔除けのお守りだと。虐められたらこれを見せるといいと」
「虐められたら?」
質問すると、百地は頬を掻いた。
「ええ。恥ずかしい話ですが、私は鬼にしては虚弱なほうでして。皆のように外へ出て殴り合うよりは部屋で読書しているほうが好きでした」
(殴り合うって……そこは普通、皆のように外へ出て『遊ぶ』よりは、じゃないの?)
殴り合いが日常なのか。鬼の気性は随分と荒いようだ。
「おかげでよく虐められていたんです。一度、顔に痣を作ってアマネ様の神社に行ったのですよ。するとアマネ様は私を心配し、これをくださったんです。もしまた虐められたらこれを見せるといいと。この組み紐はアマネ様の加護の象徴です。効果は覿面でした。もう誰も私を虐めようとはしてきませんでしたよ。何せアマネ様は神様、ヨガクレで最強の存在ですからね」
百地は組み紐の留め具を外した。
「それを外してしまったら百地さんが……」
「ええ。しかし、しばらくは大丈夫です。香の影響を受ける前に、私は急いで屋敷を離れます。事態が落ち着いた頃に戻ってきますから、これはあなたのご友人に使ってください。大切な方なのでしょう?」
「……はい」
微笑まれて、美緒は頷いた。
「ご友人に馬鹿親父が本当にすまなかったと伝えておいてください。謝って済むことではありませんが……」
差し出された組み紐を受け取って、首を振る。
「お父様を恨むことがあっても、あなたを恨むことはありませんよ。優しい人ですから。ありがとうございます。使わせていただきます」
組み紐を両手で握り締める。
これがあれば、朝陽を救える。元の彼に戻ってくれる――そう思うと、いますぐに駆け出したいくらいだった。
喜ぶ美緒をどう捉えたのか、ふと、百地の表情が曇った。
「……本来父を諫めるのは息子である私の仕事。私が無力なばかりにこんなことになってしまって、本当に情けなく、申し訳ない限りなのですが……どうか父をよろしくお願いします」
百地は深々と頭を下げた。