「そうだねえ。正体がばれちゃった以上、ここにいても仕方ない。気は進まないけど、失敗したと報告に――」
「朝陽くん!」
 そのとき、縁側を歩く朝陽の姿を認めて美緒は叫んだ。

 夜霧のことも紅雪のことも瞬間的に頭から消え去り、駆け出す。
 視界の端、暗がりで何かが動いた。
 丸く整えられた灌木の下に小動物がいる。綿ウサギが数匹隠れていた。

 綿ウサギたちには目もくれず、無我夢中で駆け寄ると、朝陽は足を止め、縁側から美緒を見下ろした。

「大変なの。いままでわたしが思ってた黒田さんは黒田さんじゃなくて、夜霧っていう狐のあやかしで、本物の黒田さんは地下牢に囚われてるんだって! それも全部茨の仕業で、ただわたしを騙すためだけにそんな酷いことを――」

「敬称をつけろよ。人間風情が、立場をわきまえろ。次に呼び捨てにしたら殴るからな」

「…………え?」
 混乱のあまり半泣きで報告していた美緒は呆気に取られて固まった。

 目の前にいるのは朝陽だ。縁側に吊られた提灯に照らされた髪も、金色の瞳も、朝陽のものだ。間違いなく彼は朝陽だ。

 それなのに、何故だろう。

 何故彼はこんな、見たこともないような冷たい目をしているのだろう。

 いまだかつて朝陽がこんな目をして美緒を見たことはない。
 朝陽の眼差しはいつだって陽だまりのように柔らかい。

 争いごとを嫌う優しいあやかし。

 そのはずなのに、いま彼は美緒を殴ると言った?

「黒田の正体なんてどうでもいいし興味もない。地下牢に誰がいようと知ったことか。茨様に与えられた仕事をこなすことだけ考えろよ。ああ――もしかしてあれがそう? 桜の精?」
 朝陽が紅雪を見る。温度のない眼差しで。

「あ……そ、そう……だけど」
 何が起きているんだろう。
 わけがわからない。悪い夢でも見ているのだろうか。