「な……」
 もう開いた口が塞がらない。

「黒田さんは、いつ……なんで、どうやって」
「ボクは親切だから教えてあげるよ。当事者なのに何も知らないっていうのは可哀想だもんね」
 夜霧は肩を竦めた。

「美緒ちゃんは楼閣の中庭で黒田さんと楽しそうにお喋りしてたでしょ? 茨様は名のあるあやかしの元に何人か手下を送り込んでるんだけど、そのうちの一人がそれを見ていたんだよ。ほら、黒田さんって見た目がとっても格好良いじゃない? 好青年だし、年頃の女の子に好まれそうな要素は全て持ってる。これは使えそうだと茨様は判断した。そして翌日、黒田さんは散歩中に強襲されたというわけ」

 それならば黒田は美緒に関わったせいで拉致され、幽閉の憂き目に遭ったことになる。

(……気づくべきだった)
 黒田は美緒の退屈を見抜いて声をかけてくれた優しい烏天狗だった。
 中庭のベンチに座り、銀太を交えて楽しくお喋りした。

 翌日、衰弱した朝陽を救う手段を求めたときに再会した黒田は妙に馴れ馴れしかった。

 あのとき違和感を無理に消化せず、疑問に思っていれば、すぐに黒田を助けられたかもしれないのに。

「ボクが黒田になり代わり、茨様のご命令を果たすべく頑張って君を口説いてたんだけど、フラれちゃったね。これじゃ報酬をもらえないよ。前金返さなくちゃいけないなあ。実入りの良い仕事だったのに、残念だ」
 朝陽の正体が野狐だと茨が知っていたのは、夜霧が逐一こちらの情報を流していたからか。
 最初に茨が朝陽に狐かと聞いたのは知らないふりをしただけだったのだ。

「報酬って……」
「ああ、ボクは何でも屋なんだよ。この通り、人にもあやかしにも化けられるからね。浮気調査、素行調査、なんでもござれさ」
 夜霧は白い煙を噴き上げ、美緒そっくりに化けてみせた。

 驚きのあまり右足を引くと、夜霧は鏡映しのように同じ表情を浮かべ、左足を引いてみせた。そしてすぐに両手を広げて笑う。

「ね? うまいもんでしょう」
 また煙が上がり、夜霧が元の姿に戻った。

「それで、あんたは何がしたいの。これからどうするつもりなの」

 斬りつけるような紅雪の声が弛緩した空気を終わらせた。
 後頭部を掻きながら、夜霧が言う。