「目的を見定めようと思って姿を消してみれば――なるほど、あんたは茨の命令で美緒を誑かそうとしてたわけだ。口説き落とした後で正体を明かせば効果的に傷つけることができるものねえ? あいつの考えそうなことだわ。ほんっとクズなんだから」
 苛立たしそうに地面を蹴る紅雪。

「待って、何の話をしてるの? 黒田さんがどうしたの」
 困惑して問うと、紅雪は眉間に皺を刻んだ。

「だから、こいつは黒田とかいう烏天狗じゃないの。本物の黒田は地下牢の中よ」
「え!?」
「知ってるんだから。渡り廊下の向こう、あっちの棟の地下に牢屋があるんでしょう」
 紅雪は渡り廊下の先を指差した。

「あはは。物知りだねぇ、紅雪ちゃん。君は滅多に姿を現さないって聞いたけど、実は身を潜めて情報収集でもしてたのかな?」
 黒田は――いや、黒田ではない誰かは、腰に手を当てた。

「そうよ。あいつの弱みを握りたかったの。いつか復讐してやるために。ていうか、もう全部ばれたんだから正体を現しなさいよ化け狐。確か、茨には夜霧《よぎり》とか呼ばれてたわよね?」
「せいかーい!」
 場違いな明るい声とともに、ぼんっと煙が上がり、烏天狗の身体が煙の向こうに消える。

 その後には長髪の男が立っていた。
 顔の両サイドだけ残して髪を後ろで一つに結っている。
 黒に着物に赤の帯、頭頂部から突き出した大きな三角の黒い狐耳。
 目は紫紺、ふさふさの黒い尻尾は三つ。

「黒狐の夜霧と申します、以後お見知りおきを」
 胸に手を当て、夜霧はおどけたように頭を下げた。