「うん、でも、敬語だと他人行儀じゃない。わたしは紅雪ちゃんと仲良くなりたいの」
「は」
 失笑された。でも構わない。

「わたしの夢はあやかし相談員になることなんだ。だから、きっと力になるよ。信じて。わたしは紅雪ちゃんの涙を止めてみせるから」
「……ふん。馬鹿馬鹿しい。やれるもんならやってみなさいよ」
 目を擦り、紅雪は顔を上げた。
 頬はリンゴのように赤くなり、口がへの字に曲がっている。
 泣いたことで照れているのだろうか。

「うん。頑張るね」
 笑顔で頭を撫でると「子ども扱いするな、あたしはあんたより年上だ」と手を払いのけられた。

「さ、そうと決まれば、手当てしないと」
 美緒は手を差し出したが。
「いらないわよそんなの」
 紅雪が右手を上げて振ると、嘘のように怪我が消えた。

「え。どういう仕組み?」
 唖然とする。
「あたしの本体は枝垂桜だもの。本体が元気なら仮の姿がいくら傷つこうと、簡単に治せるわ。それよりさ、お客さんよ。あんたのでしょう」
 紅雪が空を仰ぐ。
 つられて見上げれば、黒田が空を飛んでいた。
 翼を広げたまま羽ばたきもせず、器用に空中で停止している。

「黒田さん」
 視界の端に映っていた紅雪の赤い頭が消えた。
 後は二人でご自由に、ということだろう。

「やあ、美緒ちゃん。取り込み中みたいだったからどうしようかなって思ってたんだけど、話は終わったのかな?」
 黒田は目の前に着地し、広げていた翼を畳んだ。

「はい。様子を見に来てくれたんですか?」
 美緒は知らないうちに笑っていた。
 黒田の気遣いが、わざわざここに来てくれたことが嬉しくて。
 やはり、知らない他人の暮らす家の中で見知った顔があるのは心強い。ほっとする。

「うん。姫子ちゃんたちも心配してたよ。朝陽くんはどうしたの?」
「わかりません。まだ茨さんのところにいるのかも。朝陽くんに用事ですか?」

「いや、むしろ彼がいなくて好都合。いつも君の傍にいるからさあ、告白するタイミングがつかめなかったんだよね」
 黒田は微笑み、美緒の左手を取った。
 あまりにも自然な、流れるような台詞と動作だったので美緒は目をぱちくりし、すぐに慌てた。

「え、告白って……」
「これまでずっと冗談として流されてきたけどね。俺は本気で君のことが好きなんだよ、美緒ちゃん。俺と付き合ってほしい」
「…………え?」
 今日一日で色んな事が起きたが、黒田の告白はまさにトドメの一撃だった。