食事を終えた後は再び庭に出て枝垂桜に話したいと繰り返し訴えたが、数時間粘っても無駄足に終わった。
 その代わり、同情したらしい桜の精が出て来て話し相手になってくれた。髪を結い上げた変わり者の桜の精だ。

 結花《きっか》と名乗った彼女との会話は楽しく、興味深い情報もいくつか手に入れることができた。

 紅雪は二ヵ月ほど前にミタニから移植された。
 遠出の最中に一目惚れした茨が「あの木が欲しい」と言ったため、引き連れていた手下たちが根ごと掘り出し、皆で担いで帰って来たのだという。

 紅雪は新入りとして他の桜の精たちに歓迎された。
 しかし、寄るな触るなうざったいとけんもほろろに拒絶するので、桜の精たちも近づかなくなり、いまでは完全に孤立している。

 姿を表すことすら滅多にない彼女だが、それでも気まぐれに出てきたときは大抵池の周りにいる。
 故郷のミタニに池か、あるいは沼があったのかもしれない、と結花は言っていた。

「ねえ、紅雪さん」
 結花が消えた後、美緒は枝垂桜の幹に触れた。

「わたし、あなたがどうして頑なに花を咲かせようとしないのかわかったような気がします。見知らぬ鬼に見初められて、遠く離れた地に移されたんです。自分の意思を無視されて、嫌なわけないですよね」
 夜空には無数の星が瞬き、地上には桜が咲き乱れ、花弁が舞う。

 まるで楽園のようだが、それでも、紅雪にとっては地獄でしかなかったのだろう。

「あなたは帰りたいんじゃないですか。ミタニの山に」

「あんたに何がわかるっていうの」
 背後から声がした。
 振り返れば、紅雪がいた。
 親の仇を見るような、悪鬼のような形相で美緒を睨み上げ、固く拳を握っている。

 いまにも殴りかからんばかりの気迫だったが、美緒は引かず、突き刺すような視線を真正面から受け止めた。
 だって、紅雪が怒っているのは――本当に殴りたい相手は、美緒ではないのだから。