(……いま何時だろ)
 時計代わりにしている携帯はバッグごと烏丸の楼閣に置いたままなので何時なのかわからない。
 体感時間的に日付が変わったくらいか。

 首を巡らし、庭を見る。
 好きに使えと言われたこの和室は庭に面した部屋で、左手はそのまま縁側に繋がっていた。

 咲き誇る桜の木々が正面に見える。
 美しい光景だが、やはり一本だけ咲いてない枝垂桜が気になってしょうがない。

 廊下から近づいてくる足音が聞こえて、美緒は動きを止めた。

 頼れる朝陽はいない。足音は複数ではなく一人分だったが、たった一人でも鬼が腕力に訴えれば抗う術はない。
 心臓が恐怖で暴れ出した。

 どうか通り過ぎてくれと念じたか、足音は部屋の前で止まった。

「あのお、廊下に出て来てもらえないでしょうか……お渡ししたいものがあるんですが」
 気弱そうな男性の声が聞こえた。
 攻撃的な意思は感じないが、しかし油断は禁物である。

「……。はい」
 歩み寄って障子を開けると、眼鏡をかけた細身の優男が立っていた。
 外見年齢は二十かそこら。
 目は新緑のように鮮やかな緑で、髪は白。
 眉の上から生えた角は茨よりも控えめで、なんとなく書斎が似合いそうだ。間違っても荒事向きには見えない。

 着物は落ち着いたモスグリーン。
 襟を合わせ、きちんと帯を締めているが、姿勢は極端に前かがみの猫背だ。
 彼は左手にビニール袋を提げていた。

 全ての印象において茨と対極なその鬼は、目が合うと気まずそうに伏せた。