「駄目ですって。その娘に手出しは無用、許可なく私刑を行ったものは厳罰に処すと仰っていたわ」
「えー」「えー」
 不満の声の合唱。

「茨様は優しすぎるわ」
「なんて深い慈悲の心をお持ちなのかしら」
「本当に素晴らしい方ね」
「お仕えできることを誇りに思うわ」
 陶然とした表情で口々に茨を褒め称えているうちに興が乗って来たらしく、鬼たちは輪になり、茨がどれほど偉大で優しくて敬愛に値する鬼なのかを熱く語り合い始めた。
 私はこんなことで褒められた、私は頭を撫でてもらった等々、自慢話なんだか与太話なんだかよくわからない方向へヒートアップしていく。

 ついていけない美緒は完全に蚊帳の外である。

(……もう行ってもいいよね?)
 この隙に輪から離れようとすると、見咎められたらしく、
「ちっ。命拾いしたわね。茨様に感謝なさい!」
 強烈な平手打ちを背中に喰らった。

 鬼の全力は人間の女性の比ではなかった。
 ばしんと物凄い音がして、視界が揺れ、瞼の裏で星が散る。背骨が折れたのではないかと危惧するほどの衝撃。息が詰まった。

 それを皮切りに「乳臭い小娘が」「くれぐれも調子に乗るなよ」「もし茨様に危害を加えればどうなるかわかってんだろうね」等々脅しつけられ、涙目で激しく咳き込んでいる間に鬼たちは去っていった。

「………………」
 鬼たちが視界から消えた頃、ようやく咳が止まり、美緒は胸に手を当てて息を吐いた。
 背中がじんじんと痛むが、それよりも精神的な疲労が酷い。気力を根こそぎ奪われた。