歩くとわずかに軋む音がする板張りの廊下を歩き、通された部屋は広い客間だった。
 剥き出しの梁に、洒落た形の吊り照明、床の間には古めかしい掛け軸と香炉。

 一般的に香炉はただ飾りとして置かれているが、この香炉からはゆらりと白い煙が立ち上り、きちんと機能していた。

 いくつかのハーブを混ぜたような、花に似た香りがする。

 さきほど朝陽が言っていた匂いはこれか。
 朝陽は苦手なようだが、別に嫌な匂いとは思わなかった。

 開け放たれた障子の外は美しく手入れされた庭。

 茜色から菫色へと変化した空の下、石灯籠や灌木、花壇が完璧といえる場所に配置されていた。

 右手に池があり、渡された石橋に桜の花びらが舞っている。
 果たしてこの庭はどれだけ広いのか、想像もつかない。

「良く来たな。私は茨《いばら》という。お前が良枝の孫か」

 上座で脇息にもたれかかっている鬼は、座布団に正座する美緒の頭の天辺から足のつま先まで眺めて目を細めた。

 鬼は眉の上に反った二本の角を持つ、凛々しく精悍な顔立ちの美形だった。
 白い髪に赤い目。浅黒い肌。

 筋骨隆々というほど過剰な筋肉はついていないが、それでも鍛え上げているのが身体の線でわかる。

 はだけた着物の襟《えり》から肌が覗いていて、目のやり場に困った。

「はい。美緒といいます」
 邪知暴虐の大鬼、というからには、身の丈の何倍もある巨大で恐ろしい面構えの大鬼を想像していたのだが、予想は大きく外れた。

 笑いかけられるとは夢にも思わなかった。

(騙されないぞ)
 美緒は膝の上で拳を握った。
 人間の娘に大恥をかかされた鬼が、その孫に好印象を抱いているわけがない。

「そこにいるのは何だ。お前も人間であるはずはないな。それほどうまく化けるとなると、狐か」
「はい。朝陽といいます」
 血のように赤い瞳を向けられて、朝陽は頷いた。

 火の玉に言われたときは耳を生やして証明してみせたが、その素振りはない。
 いちいち見せなくても信じろということか、そんな精神的余裕がないのか。
 表情は硬く、敵地で緊張しているのが傍目にも知れた。

「ふん。私が呼んだのは人間の娘だけであって、卑しい野狐を呼び寄せたつもりはなかったが」
「な――」
 憤慨しかけた美緒を当の朝陽が手を掴んで止めた。
 小さくかぶりを振る朝陽を見て、歯噛みする。