「黒田さんは何か感じます?」

「いや。烏は人間よりも嗅覚が鈍いでしょう? 烏天狗という妖怪になっても、いきなり鋭くなったりはしないよ。多分、嗅ぎ比べをしてみても、美緒ちゃんとそう変わらないんじゃないかな。さすが狐、鼻が利くんだね」
 黒田は朝陽を見て笑った。

「どうも」
 短く、それだけを返す朝陽。
 朝陽は何故か黒田にあまり良い感情を抱いていないらしく、他人行儀な姿勢を崩さない。

 理由を聞くと「なんか気に入らない」の一言で片づけられた。

 ちなみに姫子も黒田を「胡散臭い烏天狗」とばっさり切ったが、烏丸には懐いている。
 愛する優があやかしに狙われやすい体質だと知って危機感を覚えたらしく、花祈りの仕事が終われば楼閣に寄って彼に格闘術を教わるのが彼女の日課だ。

 姫子は烏丸を「師匠」と呼んでいる。
 姫子の愛嬌の良さも手伝って――猫を被らせれば右に出る者はいない――烏丸も種族の垣根を越えて可愛がっているようだ。

 烏天狗たちはあまり良い顔をしていないが、姫子は気にしていない。

 現世でもヨガクレでも、どこまでも我を通すのが姫子のスタイルだ。
 美緒も幽子も姫子を人魚姫と例えたが、人魚姫がこんなに強かな女であったら海の泡にならずには済んだだろう。

 姫子ならば『運命』と書かれた板など膝蹴りで叩き割りそうである。

(……って、また幽子さんのことを考えてしまった)

 仕事中は保留にしていたはずが、気を抜けばすぐこれだ。
 美緒が頬を叩いて気合を入れ直している間に、黒田は門を叩き、対応に出てきた鬼と話して入門許可を取り付けた。