大鬼の屋敷は以前行った温泉街から山を挟んだ向こう側、北の一角にあった。 
 所有地はなんと町一つ分。
 この辺り一帯、目に映る山も田畑も、全てが大鬼のものらしい。

「……大きいですね……」
 美緒の前には見上げれば首が痛くなるほど巨大な門があり、高くそびえた石垣がどこまでも続いている。

 粉が風に飛ばないよう、風呂敷で包んだ籠と狐姿の朝陽を抱え、黒田に横抱きにされながら上空から見た屋敷はアマネが暮らす家よりも大きく、敷地も信じられないほど広いとはわかっていたものの、やはり間近で見ると圧倒された。

「大鬼は2000年以上の時を生きる大妖怪で、アマネ様が降臨する前からこの地に住んでいた烏丸様と同じ、最古参組のあやかしなんだよ」
 黒田が微笑を浮かべて説明してくれた。

「数多くの動産不動産を持ち、ヨガクレの長者番付にも乗る大富豪だけど、権力と腕力にものを言わせて好き放題。そして友達の鬼が毒牙にかかるのを見過ごせなかった正義感溢れる君のおばあ様が、その分厚い面の皮を文字通りに殴り飛ばし、鼻っ柱をへし折ったというわけだ」
「あはは。凄いですよね、わたしのおばあちゃん。とても真似できません」
 苦笑しながら、横目で人の姿に戻った朝陽に顔を向けるが、朝陽は聞いていなかった。
 ぼうっと閉ざされた門を見ている。

「……朝陽くん?」
「え――ああ。何? ごめん。聞いてなかった」
 朝陽は夢でも見ていたかのように目を何度か瞬かせて俯き、軽く握った手を自分の鼻に近づけた。

「どうかしたの?」
「……いや。花の香《こう》かな、変な匂いがして。あんまり好きじゃない匂いだ」
 手を下ろし、朝陽は首を振った。茜色に染まった髪がさらさらと揺れる。

「そう? 何か匂ってる?」
 鼻をひくつかせてみたが、特になんの匂いも感じない。