「あ、こっち」
銀太は話を中断して、細いわき道に入った。
わき道の先には淡く光を放つ、ぼんやりとした白い靄が広がっていた。
靄の傍では細い桜の木があり、花びらが夜の雪のように光って見える。
「ここを通れば現世に戻れるよ。もう迷い込んで来ちゃダメだよ。美緒は祭りに浮かれて現実を忘れたんだろうけど、ちゃんとしっかり現実を見てて。ヨガクレにはさっきのあやかしみたいに、こわーいあやかしもたくさんいるんだからね」
銀太は両手を顔の前に持ってきて、掴む仕草をした。
「うん、気を付けるね。心配してくれてありがとう。でも、もうお別れかぁ。なんか寂しいな。せっかく会えたのに」
不思議な白い靄を見つめてから、名残惜しく銀太を見る。
「わたしまた銀太くんに会いたいな。会えるかな?」
「美緒はこっちに来ちゃダメだよ。危ないよ」
「じゃあ、銀太くんが会いに来てくれる?」
ねだるように言うと、
「……うん。いつかきっと、会いに行くよ。美緒に会いに」
銀太は優しい微笑みを浮かべた。
風が吹いて銀太の白い髪と耳が揺れ、視界を薄紅の花びらが横切る。
「そうだ、これ。約束の印にあげる。お守りの鈴」
銀太は左の袖から赤い紐がついた鈴を取り上げ、差し出してきた。
「もらっていいの? お守りって、大事なものなんじゃないの?」
「いいよ。美緒は特別だから」
「……ありがとう」
はにかみながら、美緒は鈴を受け取り、そっと巾着袋に入れた。
「お返ししたいけど……わたしいまなにももってない。かんざしとか要らないよね? 銀太くんは男の子……雄? だよね?」
「雄だよ」
プライドが傷ついたのか、銀太は微妙な顔をした。
「かんざし、くれるならほしい。綺麗だから飾りたい」
「うん、どうぞ」
かんざしを引き抜くと、長い髪が解けて肩に落ちた。
「ありがとう。大事にするね」
かんざしを受け取って銀太は笑った。美緒も笑みを返す。
「わたしも鈴、大事にするよ。絶対絶対会いに来てね」
「うん」
「待ってるからね。約束だよ!」
美緒は満面の笑顔で手を振って、白い光の靄を潜った。
内臓が浮き上がるような、天地がひっくり返ったような妙な感覚が過ぎ去った頃、美緒は見慣れた神社の鳥居の前に立っていた。
祖母を探しながら、頭上に吊られた提灯を見上げる。
提灯の形もあやかしの隠れ里で見たものとは違うし、中の火も踊り出したりはしない。
提灯から伸びる電気コードを見て、中に入っているのはろうそくではなく電球なのだと思い出した。
(そうだよ。踊り出すわけがない。でもわたしは見た。無数の提灯の中で踊る火を!)
興奮で身体が熱くなる。誰も知らないことを美緒は知った。
狐の子と喋った。彼に貰った鈴も巾着袋の中で音を立てている。
決して夢ではない。本当に、美緒はあやかしの隠れ里に行ったのだ。
「美緒ー!」
自分を呼ぶ祖母の声が聞こえて、美緒は全速力でそちらへ走った。
祖母は手水舎の近くで不安げに辺りを見回していた。
体験した摩訶不思議な出来事を、一刻も早く話したくて堪らない。
「おばあちゃん! 聞いて聞いて! さっきね――」
美緒は体当たりするように祖母に抱きつき、頬を上気させて語り始めた。
銀太は話を中断して、細いわき道に入った。
わき道の先には淡く光を放つ、ぼんやりとした白い靄が広がっていた。
靄の傍では細い桜の木があり、花びらが夜の雪のように光って見える。
「ここを通れば現世に戻れるよ。もう迷い込んで来ちゃダメだよ。美緒は祭りに浮かれて現実を忘れたんだろうけど、ちゃんとしっかり現実を見てて。ヨガクレにはさっきのあやかしみたいに、こわーいあやかしもたくさんいるんだからね」
銀太は両手を顔の前に持ってきて、掴む仕草をした。
「うん、気を付けるね。心配してくれてありがとう。でも、もうお別れかぁ。なんか寂しいな。せっかく会えたのに」
不思議な白い靄を見つめてから、名残惜しく銀太を見る。
「わたしまた銀太くんに会いたいな。会えるかな?」
「美緒はこっちに来ちゃダメだよ。危ないよ」
「じゃあ、銀太くんが会いに来てくれる?」
ねだるように言うと、
「……うん。いつかきっと、会いに行くよ。美緒に会いに」
銀太は優しい微笑みを浮かべた。
風が吹いて銀太の白い髪と耳が揺れ、視界を薄紅の花びらが横切る。
「そうだ、これ。約束の印にあげる。お守りの鈴」
銀太は左の袖から赤い紐がついた鈴を取り上げ、差し出してきた。
「もらっていいの? お守りって、大事なものなんじゃないの?」
「いいよ。美緒は特別だから」
「……ありがとう」
はにかみながら、美緒は鈴を受け取り、そっと巾着袋に入れた。
「お返ししたいけど……わたしいまなにももってない。かんざしとか要らないよね? 銀太くんは男の子……雄? だよね?」
「雄だよ」
プライドが傷ついたのか、銀太は微妙な顔をした。
「かんざし、くれるならほしい。綺麗だから飾りたい」
「うん、どうぞ」
かんざしを引き抜くと、長い髪が解けて肩に落ちた。
「ありがとう。大事にするね」
かんざしを受け取って銀太は笑った。美緒も笑みを返す。
「わたしも鈴、大事にするよ。絶対絶対会いに来てね」
「うん」
「待ってるからね。約束だよ!」
美緒は満面の笑顔で手を振って、白い光の靄を潜った。
内臓が浮き上がるような、天地がひっくり返ったような妙な感覚が過ぎ去った頃、美緒は見慣れた神社の鳥居の前に立っていた。
祖母を探しながら、頭上に吊られた提灯を見上げる。
提灯の形もあやかしの隠れ里で見たものとは違うし、中の火も踊り出したりはしない。
提灯から伸びる電気コードを見て、中に入っているのはろうそくではなく電球なのだと思い出した。
(そうだよ。踊り出すわけがない。でもわたしは見た。無数の提灯の中で踊る火を!)
興奮で身体が熱くなる。誰も知らないことを美緒は知った。
狐の子と喋った。彼に貰った鈴も巾着袋の中で音を立てている。
決して夢ではない。本当に、美緒はあやかしの隠れ里に行ったのだ。
「美緒ー!」
自分を呼ぶ祖母の声が聞こえて、美緒は全速力でそちらへ走った。
祖母は手水舎の近くで不安げに辺りを見回していた。
体験した摩訶不思議な出来事を、一刻も早く話したくて堪らない。
「おばあちゃん! 聞いて聞いて! さっきね――」
美緒は体当たりするように祖母に抱きつき、頬を上気させて語り始めた。