「……おれはただ、できることをせずに後悔したくなかっただけなんだ。やり直しがしたかったのかもしれない。美緒と、銀太のことで」
「……どういうこと?」
 意味がわからず問うと、朝陽は苦しげな表情で吐露した。

「幽霊になって蘇ったとき、銀太は真っ先に美緒のところへ行っただろう。それからも、楽しそうに喋る美緒たちを見て、改めて思ったんだ。やっぱりおれは間違ってた、生きてるうちに会わせてやれば良かったって」
 それは、出会ったときにも言われた言葉だ。
 美緒の戸惑いをどう捉えたのか、朝陽は懺悔するように続けた。

「触れ合えないことをお互いに残念がっていたじゃないか。おれが早く会いに行かせてやれば美緒はその手で銀太を抱きしめることだってできた。おれは銀太を大事にしすぎた。過保護すぎたんだ。銀太のことが心配だから、銀太のためだと思い込んで閉じ込めて、その実、銀太の願いを粉々に打ち砕いた」
 朝陽は罪人のように項垂れているが、美緒はただただ呆けていた。

(……本当に。朝陽くんって。なんて人なんだろう)
 これほどまでに優しく、思いやり深く、善良な人間――狐?――を、美緒は知らない。

「……朝陽くんは」
 微苦笑して尋ねる。

「銀太くんが恨んでるとでも思ってるの?」
「……あいつは一度もそんなこと言わないけど。恨まれても仕方ない、とは思ってる」

「違うよ」
 繋いだ手に力を込め、親指を滑らせてその手を撫でる。

「銀太くんが朝陽くんを恨んだことなんて一度もない。誓って言える。銀太くんは最後まで大事にしてくれたって、朝陽くんに感謝してた。銀太くんは朝陽くんのことが大好きなんだよ。わたし、銀太くんに頼まれたんだよ? 朝陽くんは自分のことより他人のことを考えちゃう人だから、どうか大切にしてあげてほしいって」
「……銀太が、そんなことを?」
 丸くなった朝陽の目に自分が映るのを見ながら、大きく頷く。

「わたしも銀太くんと同じ想いだよ。死んでしまった銀太くんにまた会うことができたのは、朝陽くんのおかげなんだよ?」
「それは、おれじゃなくてアマネ様が」

「うん。確かに、銀太くんを幽霊として蘇らせてくださったのはアマネ様かもしれない。でも、そもそも、そのきっかけをくれたのは――わたしをヨガクレに連れて行ってくれたのは、朝陽くんだよ? 銀太くんや椿さん、姫子ちゃん、篝さんやアマネ様、色んなあやかしや神さまともう一度出会えたり、新しく知り合えたのは、朝陽くんがわたしに会いに来てくれたからじゃない。全ての出会いは、いまのわたしが在るのは朝陽くんが起こしてくれた奇跡なんだよ。朝陽くんには感謝しかない。自分を責める必要なんて何もないよ」

 受け入れがたいのか、口を結んだ朝陽に、美緒は思い切って言った。

「あのね、朝陽くん。いままではあやかし相談員になるのが夢だったんだけど、少し変わったの。わたしは相談員になって、朝陽くんと一緒に活動していきたいと思ってる」
 朝陽は意外そうな顔をした。

「……銀太にそう言われたのか? 兄が心配だから傍で面倒を見てくれって」
「うん。でも、銀太くんに言われたからじゃなくて、わたしの意思だよ。わたしはこれからも朝陽くんと一緒にいたい。駄目、かな?」

「……美緒が。それでいいなら」
 朝陽はぺこ、と頭を下げた。
「これからもよろしく」
 胸に歓喜の波が広がった。
 受け入れられた喜びはたちまち嵐となって、美緒の身体中を駆け巡った。

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
 泣きそうになりながら応じて頭を下げ、顔を見合わせて笑う。

「ところで朝陽くん。お詫びを要求してもいいかな」
 場が和んだところで、美緒は切り出した。

「ああ。迷惑をかけたからな。おれにできることならなんでも――」

「言ったね?」

 窓の外に広がる夜空の一等星よりも強く美緒の目が輝いた。

「……ええと……」
 嫌な予感を覚えたのか、上体を引く朝陽。

「じゃあ姫子ちゃんと二人でモフモフの刑を執行します。今日はさすがに疲れてると思うから、明日の夜にでも」
「ちょっと待て、姫子もか!?」

「うん。モフモフしたがってたもの。姫子ちゃんだってホッカイロを買いに走ってくれたり、付き添ってくれてたんだよ」
 美緒は棚の上に置いていた携帯を取り、構えた。

「モフモフの後は撮影会も開きたいのでよろしく!」

 笑顔で親指を立てると、朝陽はもう何も言わず、片手で顔を覆った。