四ヵ月ほど前の春、小学校からの帰り道。
 通りがかった公園の道端にカラスが集まっていた。
 近寄ってみれば、小さな白い狐が突っつかれて傷だらけになっていた。
 美緒はランドセルを振り回してカラスを撃退し、子狐を救出した。

「うん、そう」
 美緒が覚えていたことが嬉しかったらしく、男の子は笑った。
 笑った拍子にほんの少しだけ八重歯が見えた。

「元気そうで良かった。傷だらけのまんまいなくなっちゃったから心配したんだよ。傷痕とか残らなかった?」
「うん、大丈夫。美緒はなんでここにいるの? 迷い込んだの?」
「うん。おばあちゃんと一緒に屋台を見てたら、いつの間にか」
「そっか。今日はここもお祭りだから、空間が歪んで繋がったのかな。一緒に来て。現世《うつしよ》に帰してあげる」
 男の子が右手を差し出してきた。

「本当? ありがとう!」
 喜んで手を取ると、男の子は美緒の手を引いて歩き出した。
 迷いなく、大勢のあやかしたちが闊歩する通りをまっすぐに。

 繋ぐ手の感触と温もりが、もう一人ではないことを教え、それまで感じていた心細さや不安を溶かしてくれた。

「わたし、美緒っていうの。芳谷美緒。あなたの名前は?」
 弾んだ声で言って、男の子の狐の耳を見つめる。
 狐の耳はふわふわの毛に覆われていて、触り心地が良さそうだ。

「銀太《ぎんた》だよ」
「銀太くん。苗字はあるの?」
「苗字?」
 銀太は可愛らしく小首を傾げた。
 どうやらあやかしに苗字という概念はないようだ。

「ううん、なんでもない。さっきのあやかしはなんで退散したんだろうね。わたしの後ろを見てたみたいだけど、苦手なあやかしがいたりしたのかな?」
「あれはねえ、多分ぼくのお兄ちゃん。後ろから見てて、怒ってくれたんだと思う。すっごく頼りになるんだよ、ぼくのお兄ちゃん。ぼくよりずうっと頭も良いし、喧嘩も強いし、格好良いんだ」
 銀太が顎を上げ、自慢げに言う。

「お兄ちゃんのこと大好きなんだね」
「うん。大好き! 美緒はお兄ちゃんいる?」
「ううん、一人っ子。だから羨ましいな」
 手を繋いで歩きながら、銀太がいかに自分の兄が素晴らしいか、どれほど尊敬しているかを語っているうちに、目的地に着いたようだった。