「……それはもうほとんど恋人じゃないかな?」
「何言ってるの。ちゃんと友達よ。キスしたくなっても押し倒したくなっても我慢するもの」
「……いまさらっと凄いこと言わなかった?」
「気のせいよ」
 真顔でしれっと言い放つ姫子。

「友達の第一歩として名前で呼んでいい? あたしも姫子って呼び捨てにしていいから」
「う、うん。いいけども……」
 積極的な姫子に、優は押されっぱなしである。

「じゃあ優くん、昼休みが終わるまでもう少し時間があるし、お喋りしましょ。誕生日、趣味、嗜好、好きなタイプ、聞きたいことはたくさんあるのよ」 
 姫子は優と密着したまま歩き出した。

「そうそう、さっきの話だけど。あたしがいる以上、もう悪質なあやかしに手出しはさせないから安心してね。恋する乙女の女子力ってやつを見せてあげるわ」
 二人の姿が屋上から消え、会話だけが届く。

「魚住さんの女子力は物理特化なんだね」
「やだ、姫子って呼んでってば」
「じゃあ……姫子ちゃん」
「きゃー!」
 姫子の歓声がして、それから後の会話は聞こえなくなった。

 取り残された美緒たちに、風が吹きつける。

「……肉食系女子だったんだね、姫子ちゃんって」
 開いたままの扉を見て、ぽつりと呟く。

「魚なのにな。実は鯉じゃなくてピラニアなのかも」
「優っていい人だねぇ。ぼく、好き」
 銀太は一人だけずれたことを言い、尻尾を振っていた。

「ふふ」
 後ろから笑い声がした。

 振り返ると、いつの間にそこにいたのか、屋上の隅に幽子が立っていた。
 口元に白い繊手をやり、くすくす笑っている。

「いいわねえ、青春って」
 一言だけ残して、幽子はすうっと空気に溶けて消えた。

「……いまのが幽子さん?」
 狐につままれたような顔で、朝陽。

「うん」
「本当に幽霊なんだな」
「幽霊ならここにもいますけど」
 つんつん、と銀太が朝陽の足を前足でつついた。