「うん、見えるよ」
翌日の昼休み。
屋上に呼び出し、あやかしが見えるのか尋ねると、拍子抜けするほど素直に優は教えてくれた。
皆の驚きを知ってか知らずか、彼は給水塔の前に立ち、穏やかに微笑んで言う。
「やっぱり芳谷さんにも見えたんだ。この子が肩に乗ってるときに何度か会話してるように見えたし、教室に入ってきて、すぐに出て行ったときも目で追ってたから。もしかしたら、とは思ってたんだよね。君はなんていう名前なの?」
優は屈んで銀太を見下ろした。
「……銀太。美緒の友達だよ」
「そう。ぼくは優っていうんだ。よろしくね、銀太くん」
「よ、よろしく……」
銀太は戸惑い気味だ。
あやかしが見える人間など世の中にそうはいない。
美緒が知る限り祖母一人しかおらず、母も見えなかったと聞いた。
仮にもし見えたとしても、狐の幽霊に友好的に笑いかけるというのは非常に珍しい反応なのではないだろうか。
(姫子ちゃんが見込んだ通り、いい人なんだな、天野くんって)
幽霊の銀太を、優は親しみを込めて『この子』と呼んだ。
それだけで美緒が優に好感を抱くには十分だった。
「意思疎通ができるっていうのはいいね。世の中には喋れない幽霊もたくさんいるから」
「たくさんって……天野は生まれつきあやかしや幽霊が見えるのか?」
「うん」
膝を伸ばして、優は立ち上がった。
「暗がりでじっとしてる幽霊とか、一緒に遊べって要求してくる不思議な動物……狐坂くんの言葉を借りるなら、あやかし? とかね。どうもぼくは好かれやすい性質《たち》らしくて、向こうから寄って来るんだ。アメーバ状の、黒くて大きな靄みたいな、変なのに追いかけ回されたこともあるよ」
「え」
姫子が心配そうに眉宇を寄せる。
「おかげで少々のことじゃ動じなくなった。落ち着いてるね、ってよく言われるけど、多分そのせい。でもぼくも驚いたよ。初めてぼくと同じ世界を見てる人に出会ったもの。しかも三人も。そのうち一人は魚で、ぼくのことが好きだって言うし」
姫子を見つめて、優が笑う。
「そのことなんだけどね」
姫子が優の前に立った。
「あと一年待ってて。あやかしの世界で一年働けば人になれる薬が買えるの。だから、その……できれば、その間、誰かと付き合ったりしないでほしい……とか……やっぱり、そんなの無理だよね。わがまますぎるよね……」
姫子は言いながら腹の前で手を組み、声を小さくしていき、俯いて肩を落とした。
「そんなことないよ。好きな人もいないし。君がぼくのために頑張るっていうなら、待つよ。でもね、魚住さん」
優は姫子に手を差し出した。
姫子が目をぱちくりさせる。
「恋愛云々は抜きにして、まずは友達になろう。君はどうもぼくを理想の王子様か何かだと思ってるみたいだけど、付き合ってみたら幻滅する可能性だって十分あるでしょう?」
「そんなことありえないわ!」
光の速さで否定した姫子に、優は苦笑した。
「そう言ってくれるのはありがたいけどね。これから友達になって、交流を深めて、一年後にまだ君がぼくのことを好きだと思っていてくれたなら、そう言ってほしい。初めからぼくだけしか見てないっていうのはもったいないよ。この一年間、ちゃんとよく考えて、それから結論を出して。それまでは約束通り、ぼくは誰とも付き合わないでいるから」
「……あなたより素敵な人なんているわけないと思うけど。言いたいことはわかったわ」
姫子は優の手を取り、おとなしく握手するかと思いきや、そのまま身体を優の傍に移動させて腕を絡めた。
優がびっくりしているのもお構いなしに、明るい声で言う。
「じゃあ友達になりましょう。明日から昼食は一緒に食べて、放課後は一緒に帰りましょうね。天野くんの家がどこにあっても送っていくわ。ええ、地平線の彼方まででも喜んでお供しますとも。それから、休日はたまに出かけましょうね! もちろん二人で!」
姫子はニコニコ笑っている。
翌日の昼休み。
屋上に呼び出し、あやかしが見えるのか尋ねると、拍子抜けするほど素直に優は教えてくれた。
皆の驚きを知ってか知らずか、彼は給水塔の前に立ち、穏やかに微笑んで言う。
「やっぱり芳谷さんにも見えたんだ。この子が肩に乗ってるときに何度か会話してるように見えたし、教室に入ってきて、すぐに出て行ったときも目で追ってたから。もしかしたら、とは思ってたんだよね。君はなんていう名前なの?」
優は屈んで銀太を見下ろした。
「……銀太。美緒の友達だよ」
「そう。ぼくは優っていうんだ。よろしくね、銀太くん」
「よ、よろしく……」
銀太は戸惑い気味だ。
あやかしが見える人間など世の中にそうはいない。
美緒が知る限り祖母一人しかおらず、母も見えなかったと聞いた。
仮にもし見えたとしても、狐の幽霊に友好的に笑いかけるというのは非常に珍しい反応なのではないだろうか。
(姫子ちゃんが見込んだ通り、いい人なんだな、天野くんって)
幽霊の銀太を、優は親しみを込めて『この子』と呼んだ。
それだけで美緒が優に好感を抱くには十分だった。
「意思疎通ができるっていうのはいいね。世の中には喋れない幽霊もたくさんいるから」
「たくさんって……天野は生まれつきあやかしや幽霊が見えるのか?」
「うん」
膝を伸ばして、優は立ち上がった。
「暗がりでじっとしてる幽霊とか、一緒に遊べって要求してくる不思議な動物……狐坂くんの言葉を借りるなら、あやかし? とかね。どうもぼくは好かれやすい性質《たち》らしくて、向こうから寄って来るんだ。アメーバ状の、黒くて大きな靄みたいな、変なのに追いかけ回されたこともあるよ」
「え」
姫子が心配そうに眉宇を寄せる。
「おかげで少々のことじゃ動じなくなった。落ち着いてるね、ってよく言われるけど、多分そのせい。でもぼくも驚いたよ。初めてぼくと同じ世界を見てる人に出会ったもの。しかも三人も。そのうち一人は魚で、ぼくのことが好きだって言うし」
姫子を見つめて、優が笑う。
「そのことなんだけどね」
姫子が優の前に立った。
「あと一年待ってて。あやかしの世界で一年働けば人になれる薬が買えるの。だから、その……できれば、その間、誰かと付き合ったりしないでほしい……とか……やっぱり、そんなの無理だよね。わがまますぎるよね……」
姫子は言いながら腹の前で手を組み、声を小さくしていき、俯いて肩を落とした。
「そんなことないよ。好きな人もいないし。君がぼくのために頑張るっていうなら、待つよ。でもね、魚住さん」
優は姫子に手を差し出した。
姫子が目をぱちくりさせる。
「恋愛云々は抜きにして、まずは友達になろう。君はどうもぼくを理想の王子様か何かだと思ってるみたいだけど、付き合ってみたら幻滅する可能性だって十分あるでしょう?」
「そんなことありえないわ!」
光の速さで否定した姫子に、優は苦笑した。
「そう言ってくれるのはありがたいけどね。これから友達になって、交流を深めて、一年後にまだ君がぼくのことを好きだと思っていてくれたなら、そう言ってほしい。初めからぼくだけしか見てないっていうのはもったいないよ。この一年間、ちゃんとよく考えて、それから結論を出して。それまでは約束通り、ぼくは誰とも付き合わないでいるから」
「……あなたより素敵な人なんているわけないと思うけど。言いたいことはわかったわ」
姫子は優の手を取り、おとなしく握手するかと思いきや、そのまま身体を優の傍に移動させて腕を絡めた。
優がびっくりしているのもお構いなしに、明るい声で言う。
「じゃあ友達になりましょう。明日から昼食は一緒に食べて、放課後は一緒に帰りましょうね。天野くんの家がどこにあっても送っていくわ。ええ、地平線の彼方まででも喜んでお供しますとも。それから、休日はたまに出かけましょうね! もちろん二人で!」
姫子はニコニコ笑っている。