「烏丸さんの宴会では何も手をつけられなくて残念だったな」
「うん。本当に残念だったなぁ……」
 熱いマグカップを両手で支え、美緒は遠い目をした。

 金貨3枚で話がまとまった後、烏丸は美緒たちを大きな広間に連れて行った。
 広間では総勢二十羽ほどの烏天狗がずらりと居並んでいた。
 誰もかれもが強面で、中には顔に傷のある者もいた。

 入室するなり一斉に目を向けられたときは殺されるのではないかと本気で危惧したが、彼らは「お客人方、ようこそお越しくださいました!!」と平伏した。

 呆けている間に席に着かされ、烏丸の号令で宴会へ突入し、次々と料理が運び込まれた。

 伊勢海老と鯛の頭が乗った豪華な船盛に、小鉢の盛り合わせ、生ハムメロン。
 茶碗蒸し、天ぷら、あさりと菜の花の炊き込みご飯、お吸い物、等々。

 花や飾り切りで彩られた料理はどれも素晴らしく美味しそうで、美緒は唾を飲んだが、ヨガクレの食材で作られた料理を食べられるはずもなかった。

 このままここにいれば皆が気を遣うのは目に見えていたから、美緒は烏丸に断り、銀太とともに退室した。

「でも、黒田さんと会えたからいいの」
 八基の楼閣の中央にある庭で銀太と花を愛でていると、一羽の烏天狗が声をかけてきた。
 黒田と名乗ったその美青年は、とても気さくで優しい烏天狗で、話が弾んだ。

 もしも中庭に出なかったら彼と知り合う機会はなかっただろう。
 だから良いのだ。良いと思おう。

(……本当は食べたかったけど……伊勢海老なんて食べたことないし……)

 本音が漏れそうになり、美緒は小さく首を振り、マグカップを傾けた。

 温かい液体が喉から胃を流れていく感覚に、ほっと息を吐く。

「烏丸さんって、いい人だよね。鳳仙草を大幅に値引きしてくれたし、ヨガクレでの出現地点を設定してくれたし」

 宴会の席で朝陽が「ヨガクレから帰るときはアマネの神社に行けば飛んできた神社にそのまま戻れるが、現世からヨガクレに行くとどこに飛ばされるかわからなくて大変」と何気なく零したところ、烏丸は美緒が持っていた鈴――銀太からもらった鈴だ――に目をつけ、鈴と楼閣の前にある大岩を縁《えにし》で結んだ、らしい。

 詳しい原理はよくわからないが、とにかく鈴を持っていれば、ヨガクレに飛んだ際は鈴と大岩が引き合い、美緒たちは楼閣の前に出現することになった。

 これで「ヨガクレに行ったらどことも知れない山の中だった」などという混乱は避けられる。

 美緒と、一杯の酒で酔い潰れた姫子を背負った朝陽は帰り際、何度も烏丸に礼を述べた。

 烏丸は「困ったことがあればワシを頼れい。武力ならワシの組は大鬼組にも負けんぞ」と胸を叩いた。

「『はなさかじいさん』みたいなバイトも紹介してくれたしね」
 烏丸は働くあてがないことを知ると、粉を撒いて桜を咲かせる仕事を紹介してくれた。
 明後日から三人で働く手筈になっており、詳しい仕事内容もそのときに聞く予定だ。

「明後日から毎日、三人で一年間働けば金貨三枚。頑張ろうね!」
 気合を入れて胸を張り、胸の横でぐっと拳を握ると、朝陽は微苦笑した。

「相談員はあくまで相談に乗るだけで、働く必要はない。本来これは姫子が一人で頑張るべきことなんだけどな」

「それでも朝陽くんは友達のために働くって決めたんでしょう? だったらわたしだって一緒だよ。わたしにとっても姫子ちゃんは大事な友達なんだから」

 美緒は覚えている。

 中庭から客間に戻ったとき、酔って理性を失った姫子が突進してきて美緒を抱きしめたことを。

 ありがとう、あんたたちのおかげで夢に近づけたわ――涙声で何度も繰り返した姫子の言葉を。酒に火照った姫子の熱い身体の感触を。

 泣きながら抱きしめられ、お礼を言われるなんて人生で初めてだった。

 バイトがどれほど大変でも、あの子のためなら頑張れる。心からそう思う。

「そうか。そうだな。頑張るか」
 同じことをされたのか、朝陽が頬を緩ませた。

「うん。頑張ろう。結婚式には最前列で招待してもらおうね!」
「……さすがに気が早いだろそれは。姫子は結婚する気満々らしいけど、天野は人になれば付き合うと約束しただけで、結婚するとは……ああ、そういえば、聞かないといけないことがあったな」
「何を?」

 美緒の問いに、朝陽は飲み干したマグカップを置いて答えた。

「お前はあやかしが見えるのかって」