深夜二時過ぎ。
「いだっ!?」
床で寝ていた美緒は、いきなり強烈な一撃を額に喰らって目を覚ました。
いつもは床に敷いた布団は姫子が、隣のベッドは美緒が使っているのだが、今日くらいはと、姫子にベッドを譲ったのが間違いだった。
ベッドから落下してきた姫子は美緒の額に拳を乗せたまま、もう食べれない、とかなんとか小声で言いながら笑っている。
「…………もう」
幸せそうな寝顔を見ていると怒る気も失せた。
しょうがないなぁと苦笑して、姫子の腕を押しのけ、起き上がる。
カーテンを閉めて明かりを落とした部屋は暗い。
目が慣れるまで少し時間を置いてから、パジャマのまま部屋を出る。
「どうした?」
リビングに行くと、朝陽の声がかかった。
(さすが狐。本当に耳がいいんだなぁ)
美緒の悲鳴はそれほど大きいものではなかったのに、朝陽の耳はしっかりと捉えたようだ。
狐の姿の朝陽は籠の中で頭を持ち上げ、こちらを見ている。
暗がりに金色の瞳が光って見えた。
「寝てたら姫子ちゃんがボディアタックしてきてね」
額を摩ってみせると、朝陽は「ああ……」と、同情したように頷いた。
姫子の寝相の悪さは朝陽も知っている。
「銀太くんはお散歩かな?」
「多分」
銀太は幽霊なので睡眠の必要がない。
美緒たちが眠りにつく夜は一人気ままに外を散歩し、朝になるとひょっこり帰って来て、目覚ましが鳴ると兄を起こす。
それが銀太の生活サイクルだ。
「明日も学校だ。早く眠ったほうがいい」
「うん。でも目が覚めちゃったから、もうちょっとだけ起きておくよ。朝陽くんは気にせず寝てて」
「おれも話してるうちに目が覚めた」
狐が籠から出てきた。ぽんっと煙が上がり、人に変化する。
「ホットココアでも淹れたら飲むか?」
「いいの? ありがとう」
朝陽は部屋の電気をつけ、台所へ向かった。
「お礼の必要はない。美緒は生活費を出してくれているんだから、おれが家事をするのは当然のことだ」
(家事……っていうか、お茶を淹れる給仕までしてくれるとなるともはや執事の域じゃないかなあ?)
でも、美緒が台所に立つと怒られるのだ。
おれの仕事を奪うな、飲みたいものや食べたいものがあるなら遠慮せず言ってくれ、と。
朝陽は牛乳を火にかけ、マグカップを二つ用意し、手際よくホットココアを作り上げていく。
美緒は座卓に着いてその様子を見ていた。
「はい」
ほどなくして、湯気を立てるマグカップが目の前に置かれた。
朝陽が自分のマグカップを置いて向かいに座る。
「ありがとう」
ココアの甘い香りが鼻をくすぐり、美緒は熱が冷めるまで、しばらく香りを堪能した。
朝陽が作るものは何でも美味しい。
和洋中、なんでもござれの朝陽に、美緒はすっかり胃袋を掴まれていた。
将来は料理人になればいいよと半ば本気で言ったこともある。
「いだっ!?」
床で寝ていた美緒は、いきなり強烈な一撃を額に喰らって目を覚ました。
いつもは床に敷いた布団は姫子が、隣のベッドは美緒が使っているのだが、今日くらいはと、姫子にベッドを譲ったのが間違いだった。
ベッドから落下してきた姫子は美緒の額に拳を乗せたまま、もう食べれない、とかなんとか小声で言いながら笑っている。
「…………もう」
幸せそうな寝顔を見ていると怒る気も失せた。
しょうがないなぁと苦笑して、姫子の腕を押しのけ、起き上がる。
カーテンを閉めて明かりを落とした部屋は暗い。
目が慣れるまで少し時間を置いてから、パジャマのまま部屋を出る。
「どうした?」
リビングに行くと、朝陽の声がかかった。
(さすが狐。本当に耳がいいんだなぁ)
美緒の悲鳴はそれほど大きいものではなかったのに、朝陽の耳はしっかりと捉えたようだ。
狐の姿の朝陽は籠の中で頭を持ち上げ、こちらを見ている。
暗がりに金色の瞳が光って見えた。
「寝てたら姫子ちゃんがボディアタックしてきてね」
額を摩ってみせると、朝陽は「ああ……」と、同情したように頷いた。
姫子の寝相の悪さは朝陽も知っている。
「銀太くんはお散歩かな?」
「多分」
銀太は幽霊なので睡眠の必要がない。
美緒たちが眠りにつく夜は一人気ままに外を散歩し、朝になるとひょっこり帰って来て、目覚ましが鳴ると兄を起こす。
それが銀太の生活サイクルだ。
「明日も学校だ。早く眠ったほうがいい」
「うん。でも目が覚めちゃったから、もうちょっとだけ起きておくよ。朝陽くんは気にせず寝てて」
「おれも話してるうちに目が覚めた」
狐が籠から出てきた。ぽんっと煙が上がり、人に変化する。
「ホットココアでも淹れたら飲むか?」
「いいの? ありがとう」
朝陽は部屋の電気をつけ、台所へ向かった。
「お礼の必要はない。美緒は生活費を出してくれているんだから、おれが家事をするのは当然のことだ」
(家事……っていうか、お茶を淹れる給仕までしてくれるとなるともはや執事の域じゃないかなあ?)
でも、美緒が台所に立つと怒られるのだ。
おれの仕事を奪うな、飲みたいものや食べたいものがあるなら遠慮せず言ってくれ、と。
朝陽は牛乳を火にかけ、マグカップを二つ用意し、手際よくホットココアを作り上げていく。
美緒は座卓に着いてその様子を見ていた。
「はい」
ほどなくして、湯気を立てるマグカップが目の前に置かれた。
朝陽が自分のマグカップを置いて向かいに座る。
「ありがとう」
ココアの甘い香りが鼻をくすぐり、美緒は熱が冷めるまで、しばらく香りを堪能した。
朝陽が作るものは何でも美味しい。
和洋中、なんでもござれの朝陽に、美緒はすっかり胃袋を掴まれていた。
将来は料理人になればいいよと半ば本気で言ったこともある。