「……烏丸様。それでは、どうすれば譲ってくださいますか?」
 尋ねると、烏丸はこちらを向いた。
 ぎょろりと動いた黒目に射貫かれ、反射的に震えそうになった身体を制して背筋を伸ばす。

 烏丸に舐められて、法外な値段を吹っ掛けられたら、姫子の夢が潰えてしまう。

「ふむ。どうすれば譲ってくれるか、と来たか。お前さんは良枝の孫とか言ったのう」
 烏丸は節くれだった太い指で顎を掻いた。

「はい」
「顔立ちはまあ、少しは似ておるが。雰囲気は全く似ておらぬの。良枝なら『殴り合って私が勝ったら寄越せ』くらいは言うぞ。お前さんは言わぬのか?」

「無理です。わたしは祖母のように強くはありませんし、格闘術を習ったこともありませんので」
「そうか」
 烏丸はなんだか寂しそうに頷き、遠くの景色を見つめて目を細めた。

「惜しい奴を亡くしたのう。ワシとまともに殴り合える唯一の人間だったものを」
「あの」
 これまで黙っていた朝陽が発言した。

「なんじゃ、狐」

「殴り合う相手って、おれでもいいですか」

「ほう」「え?」「お兄ちゃん?」
 烏丸と美緒と、朝陽の足元に座る銀太の声が重なった。

「おれが勝ったら鳳仙草を譲ってもらえますか」
 朝陽は烏丸から視線を外さない。

「良かろう」
 獲物を前にした肉食獣の顔で、烏丸が笑う。

「烏丸様、それは――」
「黙れい。ここではワシが法じゃ。水を差すなら張り倒すぞ」
 睥睨されて、お付きの若い烏天狗は竦み上がった。

「邪魔じゃ。失せよ」
「は、はいっ」
 お付きの烏天狗は翼を広げて飛び去った。
 烏丸は立ち上がり、闘気を漲らせて獰猛に笑う。

「あばらの一本か二本は折れると思えよ? 殺すかもしれんが、承知の上じゃな?」
「そんな――」
 思わず割って入ろうとした美緒の手首を、朝陽が掴んで止めた。

「はい。金貨100枚でも足りないものをタダで譲ってもらうなんて無茶を通そうとしてるんですから、命くらいは賭けますよ」
 朝陽は平気な顔で笑う。

 姫子のために、烏丸に気に入られようとしているのだ。
 美緒は手のひらに爪を立てた。 

「良い覚悟じゃ。場所を移すぞい。三階に闘技場がある。ついて来い」

 烏丸が歩き出し、朝陽が立って続こうとしたところで、
「朝陽……」
 姫子が呆然と朝陽を見上げて名前を呼んだ。

「そんな顔しなくていいって。お前はいつもみたいに傲慢に、おれがお前のために働くのは当然だって言って、女王様みたいにふんぞり返ってればいいんだよ」
 朝陽は笑い、姫子の頭を叩いた。