今日も空で客待ちをしていた椿を呼び寄せるまでに、太陽は地平線の彼方へ沈んでいった。
夜になって通りにあやかしが増え、活気に満ち始めた街の上を、椿は飛んでいく。
「雀体験っすか。あれは楽しいっすよ。世界がまるっきり違って見えるっす」
椿は美緒と姫子と、そして重量の問題で狐になった朝陽をその背中に乗せていた。
美緒は姫子の前に座り、朝陽を抱っこしている。
「椿さんも雀のお宿に泊まったことがあるんですね。いいなぁ。わたしもいつか必ず泊まってみせます」
「おお、力強い決意表明っすね」
「もう雀はいいから」
後ろから美緒の脇腹を突いて黙らせ、姫子が言った。
「それより椿さん、鳳仙草《ほうせんそう》を手に入れる方法って思いつきますか?」
「鳳仙草って、万能薬の元になる霊草のことっすか? めっちゃ高い草っすよね?」
「はい。あたし、どうしても人になりたいんです。現世に添い遂げたい人がいるんです。その人はあたしが人にさえなれば結婚を前提に付き合うと約束してくれたんです」
(結婚を前提とは言ってなかったような……)
「むーん……あの草は南の山にしか生えないんすよね……そして南の山は烏天狗の長、烏丸《からすま》さんの土地っす。許可なく摘んだら犯罪になっちまうっす。やっぱり地道にお金を稼いで買うしかないんじゃないっすかねえ」
「……そうですか……そうですよね」
金貨100枚か、とぼやく姫子の声が聞こえた。
「おや、姫子ちゃんは金貨100枚稼ぐ気概はないっすか?」
「ありますよ! ありますけど、100枚なんて、稼ぎきる前に優くんが他の女と結婚しちゃいます。それじゃ意味がないです……分割払いでお願いしたとしても、何年かかるか……そもそも借金を抱えた女を優くんが選んでくれるか……」
姫子の纏う、どんよりした重い空気が美緒の周囲まで漂って来た。
「げ、元気出して」
姫子の肩にいる銀太が励ますが、姫子は返事をしない。
何と言えばいいのか考えていると、椿がぺらりと首を捻ってこちらを向いた。
「そういや、烏丸さんは良枝さんとも知り合いのはずっすよ。良枝さんが大鬼と決闘したときの審判は烏丸さんがやったっすからね。美緒ちゃんが良枝さんの孫だと知ったら、ちょっとは値引きしてくれるかもしれないっす。もしかしたらっすけど」
「え」
驚いているうちに、ぽん、と両肩を叩かれた。
振り向けば、姫子が赤い目を夜空の星よりも輝かせている。
「期待してるわ」
「あ、あはは……」
引きつった笑いを返すしかない。
(おばあちゃん、どうか交渉がうまくいくように見守っててくださいね……)
そうこうしているうちに、椿は山上に聳える楼閣に向かって降下していく。
あの楼閣が、烏天狗の一族が暮らす家だ。
烏丸は大地主で、この山以外にもいくつか土地を持っているらしい。
鳳仙草や各種薬用植物を栽培する一方で薬屋を営んでいて、ヨガクレの長者番付にも載る大富豪。
果たしてどんなあやかしだろう。
(ううん、たとえ彼がどんなあやかしでも、アマネ様が期待してるって言ってくれたんだから。頑張らなきゃ。これからの働き次第で相談員になれるかどうか決まるんだ)
どんどん近づく楼閣を見つめて、身が引き締まる思いだった。
夜になって通りにあやかしが増え、活気に満ち始めた街の上を、椿は飛んでいく。
「雀体験っすか。あれは楽しいっすよ。世界がまるっきり違って見えるっす」
椿は美緒と姫子と、そして重量の問題で狐になった朝陽をその背中に乗せていた。
美緒は姫子の前に座り、朝陽を抱っこしている。
「椿さんも雀のお宿に泊まったことがあるんですね。いいなぁ。わたしもいつか必ず泊まってみせます」
「おお、力強い決意表明っすね」
「もう雀はいいから」
後ろから美緒の脇腹を突いて黙らせ、姫子が言った。
「それより椿さん、鳳仙草《ほうせんそう》を手に入れる方法って思いつきますか?」
「鳳仙草って、万能薬の元になる霊草のことっすか? めっちゃ高い草っすよね?」
「はい。あたし、どうしても人になりたいんです。現世に添い遂げたい人がいるんです。その人はあたしが人にさえなれば結婚を前提に付き合うと約束してくれたんです」
(結婚を前提とは言ってなかったような……)
「むーん……あの草は南の山にしか生えないんすよね……そして南の山は烏天狗の長、烏丸《からすま》さんの土地っす。許可なく摘んだら犯罪になっちまうっす。やっぱり地道にお金を稼いで買うしかないんじゃないっすかねえ」
「……そうですか……そうですよね」
金貨100枚か、とぼやく姫子の声が聞こえた。
「おや、姫子ちゃんは金貨100枚稼ぐ気概はないっすか?」
「ありますよ! ありますけど、100枚なんて、稼ぎきる前に優くんが他の女と結婚しちゃいます。それじゃ意味がないです……分割払いでお願いしたとしても、何年かかるか……そもそも借金を抱えた女を優くんが選んでくれるか……」
姫子の纏う、どんよりした重い空気が美緒の周囲まで漂って来た。
「げ、元気出して」
姫子の肩にいる銀太が励ますが、姫子は返事をしない。
何と言えばいいのか考えていると、椿がぺらりと首を捻ってこちらを向いた。
「そういや、烏丸さんは良枝さんとも知り合いのはずっすよ。良枝さんが大鬼と決闘したときの審判は烏丸さんがやったっすからね。美緒ちゃんが良枝さんの孫だと知ったら、ちょっとは値引きしてくれるかもしれないっす。もしかしたらっすけど」
「え」
驚いているうちに、ぽん、と両肩を叩かれた。
振り向けば、姫子が赤い目を夜空の星よりも輝かせている。
「期待してるわ」
「あ、あはは……」
引きつった笑いを返すしかない。
(おばあちゃん、どうか交渉がうまくいくように見守っててくださいね……)
そうこうしているうちに、椿は山上に聳える楼閣に向かって降下していく。
あの楼閣が、烏天狗の一族が暮らす家だ。
烏丸は大地主で、この山以外にもいくつか土地を持っているらしい。
鳳仙草や各種薬用植物を栽培する一方で薬屋を営んでいて、ヨガクレの長者番付にも載る大富豪。
果たしてどんなあやかしだろう。
(ううん、たとえ彼がどんなあやかしでも、アマネ様が期待してるって言ってくれたんだから。頑張らなきゃ。これからの働き次第で相談員になれるかどうか決まるんだ)
どんどん近づく楼閣を見つめて、身が引き締まる思いだった。