「天野くん!!」
 つつがなく入学式やその他諸々の日程が終わり、後は帰るだけとなった一年二組の教室で、姫子は帰り支度中の優に声をかけた。

「話があるの。ちょっと来て」
 姫子は優の机に両手をつき、鬼気迫る表情で言った。

 というのも、これまで何度か誤解を解こうとしては失敗に終わっているからだ。

「あの、今朝のことなんだけど」と姫子が切り出せば、優は穏やかな微笑みを浮かべて「大丈夫。今朝のことは誰にも言わないから。トイレに行きたくなることは誰だってあるよ。生理現象だからね」と答える有様だった。

 姫子は『誤解を解きたくて』必死で、優はそれを『漏らしそうになったのを黙っていてほしくて』必死だと捉える悪循環。

「……えっと……お金はないんだけど」
「カツアゲじゃないわよ!」
 首を傾げた優に、姫子はもはや半泣きだ。

「とにかくついてきて!」
 姫子は肩をいからせ、教室を出て行った。

 優は困った顔をしながらも、おとなしくついていく。
 その様子を横目で見ていた美緒は、他の女子たちとの会話を切り上げ、後を追うことにした。

 途中で追いかけてきた朝陽と合流し、美緒は屋上に辿り着いた。
 音を立てないようにそっと屋上に続く扉を押し開ければ、まるで戦いを挑む様な表情で、姫子が優と対峙している。

「今朝のことなんだけどね、あれは違うの。別にトイレに行きたかったわけじゃないのよ。お願いだから信じて」

 姫子は悲しげだ。
 何故あたしは好きな人にこんな弁解をしなければならないんだ? と顔に書いてある。

「わかった」
 優は頷いた。とても素直な性格らしい。

「わかってくれて嬉しいわ。で、本題。今朝言おうとしたことなんだけど……」
 声は尻すぼみになり、姫子の顔はどんどん赤くなっていった。

 しかし、ここでまた挙動不審になればまたトイレに行きたいのかと疑われてしまうとでも思ったのか、彼女はぎゅっと唇を引き結び、スカートを握り締め、叫ぶように言った。

「あ、天野くんは――さ、魚っ、好きですかっ!?」

「魚?」
 優の頭上に疑問符が浮かぶ。

「うん。好きだけど」

「本当に!?」
 姫子の顔がぱあっと輝いた。