「いい天気ね。絶好の入学式日和だわ」
朝の通学路を歩きながら、姫子は上機嫌だった。
上機嫌の理由は決して晴れ渡った青空のせいだけではないだろう。
彼女は今日、ようやく想い人に会えるのだ。
公園の池を泳ぐ鯉ではなく、彼と同じ種族である人として。
彼女の隣を歩きながら、美緒は視線だけ動かして自分の格好を見下ろした。
紺色を基調としたブレザーに、校章入りのハイソックス。
胸元を飾る赤いリボンは新品そのものだし、プリーツスカートにはまだ皺らしい皺もついていない。
姫子も朝陽も美緒と同じ光瑛高校の制服姿だ。
姫子が大胆にスカートの丈を短くし、ツインテールにした髪にリボンを結って校則の許容限界に挑んでいるのとは対照的に、朝陽はきちんとネクタイを締め、ボタンを留めていた。
通りかかった古い小さな木造住宅の前で、温和そうな顔立ちの老婆がハルジオンを右手に持っていた。
老婆はハルジオンを見つめ、一つため息をつき、足元に落として家の中へ引っ込んだ。
「?」
摘んでみたものの、やっぱり気に入らなくて捨てたのだろうか。
「確認するけど、天野優《あまのゆう》、だよな。お前の好きな人の名前」
朝陽の言葉が聞こえて、美緒は名も知らない近所の老婆から、彼らに注意を戻した。
「そうよ。天野優くん。素敵な人は名前も素敵よね」
彼女は夢見る乙女の瞳でそう言うが、多分どんな名前でも賞賛したことだろう。
姫子は優に会いたい一心で魚から半分人に変化し、助力を求めるべくアマネの屋敷を探し当て、石垣を乗り越えようとして篝に捕獲された。
美緒のアパートに来てからは、朝陽の指導の下、人の足を手に入れた。
慣れない足で歩き回り、よろけてぶつかり、あちこち痣を作った。
それでも姫子は念願の足を、完全な人の身体を手に入れて嬉しそうだ。
姫子の想いの強さを知っている分、この恋が成就すればいいとは思う。
でも、美緒がもし誰かに告白されて、実は先日あなたに助けられた魚ですなんて言われたら戸惑う。それはそれは驚く。
「……天野くんが姫子ちゃんを受け入れてくれる人だったらいいね」
美緒は小声で言った。
右肩に乗っている銀太に向かって。
実体のない銀太は『床とみなすこと』で床に立ち、その上を歩くことができる。
自分の身体を支えるものの認識がなければ、生物の理《ことわり》から外れた銀太はどこまでも沈んでしまう。
その応用で、銀太は『ここに自分の身体を支えられるものがある』と思い込み、美緒の身体に乗ることができるようになっていた。
「うん。そうだね」
ハッピーエンドがいい。
でも、現実がそううまくいくとは限らない。
朝の通学路を歩きながら、姫子は上機嫌だった。
上機嫌の理由は決して晴れ渡った青空のせいだけではないだろう。
彼女は今日、ようやく想い人に会えるのだ。
公園の池を泳ぐ鯉ではなく、彼と同じ種族である人として。
彼女の隣を歩きながら、美緒は視線だけ動かして自分の格好を見下ろした。
紺色を基調としたブレザーに、校章入りのハイソックス。
胸元を飾る赤いリボンは新品そのものだし、プリーツスカートにはまだ皺らしい皺もついていない。
姫子も朝陽も美緒と同じ光瑛高校の制服姿だ。
姫子が大胆にスカートの丈を短くし、ツインテールにした髪にリボンを結って校則の許容限界に挑んでいるのとは対照的に、朝陽はきちんとネクタイを締め、ボタンを留めていた。
通りかかった古い小さな木造住宅の前で、温和そうな顔立ちの老婆がハルジオンを右手に持っていた。
老婆はハルジオンを見つめ、一つため息をつき、足元に落として家の中へ引っ込んだ。
「?」
摘んでみたものの、やっぱり気に入らなくて捨てたのだろうか。
「確認するけど、天野優《あまのゆう》、だよな。お前の好きな人の名前」
朝陽の言葉が聞こえて、美緒は名も知らない近所の老婆から、彼らに注意を戻した。
「そうよ。天野優くん。素敵な人は名前も素敵よね」
彼女は夢見る乙女の瞳でそう言うが、多分どんな名前でも賞賛したことだろう。
姫子は優に会いたい一心で魚から半分人に変化し、助力を求めるべくアマネの屋敷を探し当て、石垣を乗り越えようとして篝に捕獲された。
美緒のアパートに来てからは、朝陽の指導の下、人の足を手に入れた。
慣れない足で歩き回り、よろけてぶつかり、あちこち痣を作った。
それでも姫子は念願の足を、完全な人の身体を手に入れて嬉しそうだ。
姫子の想いの強さを知っている分、この恋が成就すればいいとは思う。
でも、美緒がもし誰かに告白されて、実は先日あなたに助けられた魚ですなんて言われたら戸惑う。それはそれは驚く。
「……天野くんが姫子ちゃんを受け入れてくれる人だったらいいね」
美緒は小声で言った。
右肩に乗っている銀太に向かって。
実体のない銀太は『床とみなすこと』で床に立ち、その上を歩くことができる。
自分の身体を支えるものの認識がなければ、生物の理《ことわり》から外れた銀太はどこまでも沈んでしまう。
その応用で、銀太は『ここに自分の身体を支えられるものがある』と思い込み、美緒の身体に乗ることができるようになっていた。
「うん。そうだね」
ハッピーエンドがいい。
でも、現実がそううまくいくとは限らない。