「君も現世で人として生きる、と? ……その状態で?」
「ちゃんと訓練しますよ。光瑛の入学式には間に合わせてみせます」
「光瑛って、あなたも光瑛に通うの!?」
姫子の下半身を見つめて驚愕する。
赤と、少しだけ黒の混じった二色の鱗に覆われた下半身。
――そう、姫子は人魚だったのだ。
「はい、そうです! なんで光瑛に通うと決めたかといえば、そこにあたしの想い人がいるからなんですよ!」
どこかで聞いた話だ。
「あたし、現世では公園の池に住んでいたんです。池はちょっと狭いけど、外敵もいないし、人間が餌をくれるし、そこそこ快適な生活を送ってました。でも、あれは去年の夏のこと。黒い錦鯉の中で一匹だけ赤くて綺麗だったせいで目をつけられたらしく、近所の悪ガキどもがこぞって石を投げ始めたんですよ!」
思い出して腹が立ったらしく、姫子は柳眉を逆立てた。
「逃げ惑うあたしを見て悪ガキどもはさも楽しそうに大笑いしてくれました。橋の下に隠れても執拗に石を投げてきて追い立てられ、ああこれは万事休すかとあたしが悲嘆に暮れたそのときです! 彼が現れたのは!」
頬を上気させ、うっとりとした表情で姫子は手を組んだ。
「彼は悪ガキどもを一喝し、池の縁に並ばせ、大きな声で謝罪させたんです。人間にとってあたしはただの魚でしかないのに、きっちり筋を通してくれたんですよ! あたし、どうしても、あの人に会いたいんです! 会って、あわよくば恋人の座を勝ち取り、高校卒業と同時に結婚して幸せな家庭を築きたいんです!」
(結婚前提!?)
ぶっ飛んでいる。色んな意味で。
「あなたたちはあたしの恋の成就に協力してくれる親切な方々なんですよね! どうかよろしくお願いします!」
「ええと……」
きらきらした瞳で見つめられて、美緒は返答に困り、アマネを見た。
「姫子はこの通り、我と妄想力が強く、石垣を乗り越えて篝に捕まるようなお転婆娘だが、まあ、悪いあやかしではない」
アマネは微苦笑交じりにフォローした。
「まだうまく人に化けられない状態で現世に戻り、人に混じって学生生活を送るなぞ不安でしかなかったが、協力者がおるならなんとかなるであろう。朝陽、姫子に人に化けるコツを教えてやっておくれ」
「わかりました」
頭を下げた朝陽に頷き、アマネは続いて美緒を見据えた。
「美緒。お主は姫子の友達になってやってほしい。この子はヨガクレに来たばかりの新参で、人としての常識も礼儀作法もまだよくわかっておらぬ。暴走しそうになったら制御しておくれ」
「わかりました。できるだけ頑張ります……あの、でも、恋を成就させられるかどうかは自信がないんですが……」
何が言いたいのかを悟ったらしく、アマネが笑って手を振った。
「心配はいらぬ。わらわが見るのはあくまでのお主の働きぶりであって、姫子の恋が成就するかどうかはまた別問題じゃ」
「そうですか」
ほっと胸を撫で下ろした美緒の耳に、アマネの言葉が滑り込んだ。
「期待しておるぞ、美緒」
思いがけない激励に、美緒は軽く目を見張った。
面と向かって期待している、などと言われたのは初めてだ。
それも、相手はヨガクレの神さまだ。
「……はい!」
これほど心を奮い立たせることはない。美緒は大きく頷いた。
「……ぼくは?」
さっきからずっとのけ者にされているのが嫌らしく、銀太が不満げに言う。
「銀太か。銀太はな……」
と、アマネは儚く微笑んだ。
「いまのうちに兄や美緒と、たくさんの思い出を作りなさい。一つでも多く、心に残るような、楽しい思い出を」
「ちゃんと訓練しますよ。光瑛の入学式には間に合わせてみせます」
「光瑛って、あなたも光瑛に通うの!?」
姫子の下半身を見つめて驚愕する。
赤と、少しだけ黒の混じった二色の鱗に覆われた下半身。
――そう、姫子は人魚だったのだ。
「はい、そうです! なんで光瑛に通うと決めたかといえば、そこにあたしの想い人がいるからなんですよ!」
どこかで聞いた話だ。
「あたし、現世では公園の池に住んでいたんです。池はちょっと狭いけど、外敵もいないし、人間が餌をくれるし、そこそこ快適な生活を送ってました。でも、あれは去年の夏のこと。黒い錦鯉の中で一匹だけ赤くて綺麗だったせいで目をつけられたらしく、近所の悪ガキどもがこぞって石を投げ始めたんですよ!」
思い出して腹が立ったらしく、姫子は柳眉を逆立てた。
「逃げ惑うあたしを見て悪ガキどもはさも楽しそうに大笑いしてくれました。橋の下に隠れても執拗に石を投げてきて追い立てられ、ああこれは万事休すかとあたしが悲嘆に暮れたそのときです! 彼が現れたのは!」
頬を上気させ、うっとりとした表情で姫子は手を組んだ。
「彼は悪ガキどもを一喝し、池の縁に並ばせ、大きな声で謝罪させたんです。人間にとってあたしはただの魚でしかないのに、きっちり筋を通してくれたんですよ! あたし、どうしても、あの人に会いたいんです! 会って、あわよくば恋人の座を勝ち取り、高校卒業と同時に結婚して幸せな家庭を築きたいんです!」
(結婚前提!?)
ぶっ飛んでいる。色んな意味で。
「あなたたちはあたしの恋の成就に協力してくれる親切な方々なんですよね! どうかよろしくお願いします!」
「ええと……」
きらきらした瞳で見つめられて、美緒は返答に困り、アマネを見た。
「姫子はこの通り、我と妄想力が強く、石垣を乗り越えて篝に捕まるようなお転婆娘だが、まあ、悪いあやかしではない」
アマネは微苦笑交じりにフォローした。
「まだうまく人に化けられない状態で現世に戻り、人に混じって学生生活を送るなぞ不安でしかなかったが、協力者がおるならなんとかなるであろう。朝陽、姫子に人に化けるコツを教えてやっておくれ」
「わかりました」
頭を下げた朝陽に頷き、アマネは続いて美緒を見据えた。
「美緒。お主は姫子の友達になってやってほしい。この子はヨガクレに来たばかりの新参で、人としての常識も礼儀作法もまだよくわかっておらぬ。暴走しそうになったら制御しておくれ」
「わかりました。できるだけ頑張ります……あの、でも、恋を成就させられるかどうかは自信がないんですが……」
何が言いたいのかを悟ったらしく、アマネが笑って手を振った。
「心配はいらぬ。わらわが見るのはあくまでのお主の働きぶりであって、姫子の恋が成就するかどうかはまた別問題じゃ」
「そうですか」
ほっと胸を撫で下ろした美緒の耳に、アマネの言葉が滑り込んだ。
「期待しておるぞ、美緒」
思いがけない激励に、美緒は軽く目を見張った。
面と向かって期待している、などと言われたのは初めてだ。
それも、相手はヨガクレの神さまだ。
「……はい!」
これほど心を奮い立たせることはない。美緒は大きく頷いた。
「……ぼくは?」
さっきからずっとのけ者にされているのが嫌らしく、銀太が不満げに言う。
「銀太か。銀太はな……」
と、アマネは儚く微笑んだ。
「いまのうちに兄や美緒と、たくさんの思い出を作りなさい。一つでも多く、心に残るような、楽しい思い出を」