トートバッグを左肩に下げ、朝陽が立ち止まったのは、彼と出会った神社だった。

 参拝するには遅い時間だからだろう、境内に人の姿はない。

「ここから先は神域だ。現世《うつしよ》と幽世《かくりよ》の狭間にあるヨガクレにも通じているが、ヨガクレに行くためには現実を忘れなきゃならない」

 境内に続く鳥居の前で振り返り、朝陽はそう言った。
 鳥居の左右に設置された灯籠の明かりが端正な顔立ちを淡く照らしている。

「七年前にどうやってヨガクレに行ったか覚えてるか?」
「ううん。おばあちゃんと離れて、境内の屋台を見て回っていたら、いつの間にかヨガクレの通りに立ってたの。銀太くんは浮かれたせいでヨガクレに来たんだって言ってたけど……いまは屋台に浮かれるような年でもないし、そもそも屋台なんてないし……現実を忘れるって、どうしたらいいんだろう」

「草木の匂い、目に映る神社の風景、地面の感触。それら全てを忘れて、ただ無心になってくれ」

 簡単そうに言ってくれるが、これこそ、言うは易く行うは難し、だ。

 とりあえず目を閉じてみたものの、現実を忘れる境地までには到底至れそうにない。

 だって、頬を撫でる夜風も、スニーカーで踏む地面の感触も、美緒ははっきりと感じているのだ。

(考えない考えない……そう考えてる時点でもう考えてるよね……ああ、どうしたらいいの? あんまりぐずぐすしてると見捨てられるかも……)

 この考えすらも雑念だ。
 焦りが伝わったのか、くす、と小さな忍び笑いの声が聞こえた。