「これだけのことをしてもらったんだから、おれが働くのは当然の義務だ。無能な居候でいるのは嫌なんだ。どうか遠慮なく家主として、おれを馬車馬のようにこき使ってほしい」

「ば、馬車馬扱いはできないけど……」
 朝陽はじっと美緒を見つめている。
 力強いその視線に根負けし、美緒はためらいがちに言った。

「……そこまで言うならお願いしよう、かな?」
「ああ」
 たちまち、朝陽が破願する。

「嫌いな食べ物はあるか?」
 無防備な笑顔を見て、美緒は理解した。

(……そっか。わたしも朝陽くんと同じ立場だったら、気にするもんね。一方的な施しを受けるのが申し訳なくて、きっとできる限りのことをする)

 ここで遠慮してしまったら、朝陽のプライドが傷つくことになる。
 美緒は腹をくくった。

「ゴーヤとレバーが苦手です。あと、あんまり辛すぎるものも。他は特に」
「了解した。明日から早速腕を振るうから、楽しみにしていてくれ」
「うん」
 美緒は笑みを返し、それから表情を引き締めた。

「あのね、朝陽くん。頼みたいことがあるの」
「……また狐になれと?」
「いや、そうじゃなくて」
 身を引いて警戒を露にした朝陽に、美緒は苦笑い。

「ずっと考えてたんだけど、わたしもあやかしの相談員になりたい。銀太くんの夢を叶えたいの。困ってるあやかしの手伝いができるなら、そうしたい」

 七年前、銀太を助けたように、あやかしを助けられるなら。
 助けたその未来に、銀太が見せてくれたような、無邪気な笑顔があるのなら。

「お願い。わたしをアマネ様のもとに連れて行って」

 朝陽はしばらく何も言わなかった。
 驚きもせず、ただ口を閉ざし――それから、口元を緩めた。

「……そう言うと思った」
 美緒も笑った。
「予想がついた?」

「ああ。それでこそ、銀太が慕った人だよ。――で、いつ行く?」
「いますぐ。できるなら」
「できるさ」
 朝陽はほのかな笑みを消さずに立ち上がった。

「出かける準備をしてくれ」
「うん、わかった」
 美緒は洋室へ行き、ショルダーバッグの中に財布や携帯を放り込み、カラーボックスのフックにかけていた鈴を取り上げた。
 赤い紐がついた鈴を握って、リビングに戻る。

 朝陽は小さな黒いトートバッグを準備していた。
 トートバッグの中にショッピングモールで買った駄菓子の袋が見えた。

(アマネ様への手土産、とか? でも、駄菓子を手土産にするのは失礼なんじゃないかな?)
 美緒は内心首を傾げつつも朝陽の選択を信じ、追及はしなかった。

「その鈴……」
 何か感じるものがあったのか、朝陽が美緒の右手の中の鈴を見た。

「銀太くんにもらった鈴なんだ。ヨガクレに行って、あやかしの相談員になるなら、これは絶対必須でしょう? 銀太くんにも見守っててほしいもの」
 鈴を乗せた手のひらを広げ、笑ってみせたが、朝陽の視点は鈴から動かなかった。

 断りもなく鈴を手に取り、目の前に持っていって、食い入るように見つめる。

「……どうかしたの?」
 気になって問うと、朝陽は口を開いて何か言いかけ、すぐに閉ざし、首を振った。

「……いや。気のせいだ。行こう」
 朝陽は鈴を美緒の手の上に置き、玄関に向かった。