「しばらくはこのまま抱きしめさせてよ。これが最後なんだから。ね?」
「…………うん、わかった」
 これは朝陽ではなく銀太。そう思えば照れも少しは軽減され、美緒は彼の背中にそっと腕を回した。

 そのまま目を閉じて、抱き合う。

「ぼく、美緒のこと大好きだよ」
 耳元で囁かれて、美緒はまた泣きそうになった。

「うん。わたしも、大好きだよ。夏祭りの夜、わたしを庇ってくれてありがとう。これまでずっと傍にいてくれてありがとう。本当に……本当に、嬉しかったし、楽しかったよ」
 抱く手に力を込める。
 涙が顎先を伝って落ちた。

「もし生まれ変わったら、また会いたいな。今度は丈夫に生まれてきてね。病気一つしないような、強い身体で生まれてきて」
「あのね、それなんだけど」
 銀太はそれまでの穏やかな調子から一転、明るく言って身体を離した。

「ぼく、美緒とお兄ちゃんの子に生まれ変わるよ」

「…………………………はい?」
 笑顔で投下された爆弾は静かに炸裂し――理解した途端、美緒は耳まで赤くなった。

「ななななななななな!? なに言い出すの銀太くん!?」
「えーだって、お兄ちゃんは美緒のことが好きだし、美緒もお兄ちゃんのことが好きなんでしょ? 見てればわかるよ」
 朝陽の声で、顔で、銀太はやれやれとでもいうように肩を竦めた。

「それでもお兄ちゃんはぼくに遠慮して言わないんだから。ほんとお兄ちゃんってお兄ちゃんだよねえ。ぼくはもうとっくに死んでるし、遠慮しなくていいのに――ってお前何言ってんだよ!?」
 急に声の調子が変わり、朝陽の身体から銀太が離れた。
 再び狐の姿になり、朝陽の横にお座りした銀太は「えー」と不満げだ。

「本当のことじゃない。いい機会だし、告白しちゃいなよ」
 美緒と同じく顔を真っ赤にしている朝陽を見つめたまま、銀太はくいくい、と美緒に向かって前足を振った。

「べ、別に、好きとかそんなんじゃないから! 変なこと言うな!」

「わー、お兄ちゃんがツンデレこじらせた人みたいなこと言ってる。もうそういうのいいから。ぼくに気兼ねして言えないんだったら、お兄ちゃんの恋が成就しないのはぼくのせいになっちゃうじゃない。ぼくはいいって言ってるでしょ? 二人が相思相愛になって、将来子どもができたら、ぼくはその子に転生する計画を立ててるんだってば。このままじゃ台無しになっちゃうよ」

「け、計画って、勝手に……子どもって……」
 朝陽はひたすら狼狽えている。

「だって、二人の子どもになれたら、お兄ちゃんがお父さんで、お母さんが美緒だよ? 家族としてずっと傍にいられるんだよ? それ以上の幸せな転生環境なんてないよ」

「……仮に。仮にだよ? 子どもが産まれたとして、どうやってその子に転生するの」
 突っ込みを入れると、銀太は得意げに鼻を上げた。

「そこは想いの力で奇跡を起こすんだよ。美緒、言ってたじゃない。覚えてない?」
「……ううん。覚えてる」
 それは、招き猫に朝陽が霊力を与えて倒れ、アマネから清水をもらって現世に戻ったときのこと。

 ペットショップの閉店時間はもうすぐで、距離を考えると走っても間に合わないと嘆く銀太に美緒は言った。

 いつだって奇跡は人の想いが起こすものだ、諦めたら全ての可能性はそこで潰えると。
 そして持てる力の全てを脚力に注ぎ、見事に閉店時間ギリギリの滑り込みに成功した。

 そのことを思い出すと、連鎖して銀太との約束も思い出した。

 ――お兄ちゃんよりもお兄ちゃんを大事にしてあげてくれないかな。

「いや、でも――」
「朝陽くん。わたし、朝陽くんのことが好き」

 銀太との約束に背中を押され、美緒は困惑顔の朝陽に思いの丈をぶつけた。

「銀太くんに対する思いとは違う、特別な好きなの。ずっと傍にいたい」

 朝陽が固まった。
 未開の地で現地の人から意味不明な言語を投げかけられた人みたいな反応。

「朝陽くんはどう?」
 朝陽が表情を固まらせたまま銀太を見ると、銀太はまた前足を振った。
「GO」のサインだ。

「…………おれも」
 やがて、朝陽は俯き、小さな声で言った。

「美緒のことが、好きだ」
 消え入りそうな声だったが、銀太は前足を叩いて喜んだ。

「美緒、頑張って丈夫な子どもを産んでね!」
「いやいやいや!! それはまだその……わ、わかんないからね!?」