「うん。言ったら美緒が不安になるかなと思って言わなかったの。ごめんね」
「……さっきから銀太くん、謝ってばっかりだね」
 歩み寄り、すぐ傍に来た銀太に、美緒は手を伸ばした。
 綺麗な銀色の毛並みを持つ狐。触れたいのに、触れられない。

 彼と出会ったときのこと、再会したときのこと、姫子を交えて花見をしたこと。
 これまでの思い出が走馬灯のように蘇り、滴がカーペットに落ちた。

「……ねえお兄ちゃん、身体貸して」
「ああ。狐になるか?」
「ううん、そのまんまでいいよ」
 銀太がそう言うと、朝陽は目を閉じた。
 銀太が床を蹴って飛び、そのまますうっと朝陽の身体に吸い込まれて消える。

 そして朝陽が――朝陽の身体に乗り移った銀太が、目を開けた。

「憑依できるっていいよねえ。恵海さんに教わる前に知ってたらもっと早く触れ合えたのにね」
 銀太は朝陽の声で言って、美緒の頬に触れ、涙を拭った。

「本当だね。でも、朝陽くんの身体だと思うとちょっと照れるかな」
 朝陽の手に自分のそれを重ねて笑う。

「そう? 恵海さんが姫子に乗り移って、抱きしめたときは全然恥ずかしそうじゃなかったじゃない」
「そりゃあ、同性と異性とは違うよ。やっぱり」

「じゃあもっと照れさせちゃえー」
 銀太が朝陽の身体で抱きしめてくるものだから、美緒は赤面した。

「あらまあ」と母は目を逸らし、すっと消えた。
 気を利かせて席を外してくれたようだ。

「え、え、いや。あの。銀太くん。だから、照れるから……」
 腕の中に閉じ込められ、顔を赤くしたまま小さな声で訴えると、銀太は「ふふ」と笑い声をあげた。

 あくまで朝陽の声でそう言うものだから違和感が激しい。

 朝陽も照れているのではないだろうか。
 眠っているならともかく、起きていた場合、憑依されている間も意識はちゃんとあるのだから。