「ぼく、今日でお別れしようと思うの」

 学校から帰宅して待っていたのは、このままずっと続けば良いと思っていた日常の終わりを告げる言葉だった。

 皆が集まったリビングで、銀太はちょこんと行儀よくお座りし、つぶらな瞳で美緒を見上げている。

「…………え?」
 いつかはこの日が来るだろうとは思っていたが、それはだいぶ先のことだと思っていた。

 しかし、驚愕しているのは美緒だけだった。

 窓から陽の光が差し込む明るいリビングで、朝陽も母も神妙な面持ちで黙っている。まるで予期していたかのように。

「どうして……急に」
「見て」
 そう言うなり、銀太の身体がすっと透けた。
 銀太の身体越しに台所の風景が見えて、美緒は呆然とした。

 一度だけ同じことがあって心配したが、それ以降はちゃんと輪郭を保っていたし、大丈夫だと思っていたのに。

「……なんで。いつから」
「美緒が茨の屋敷から帰ってきたときくらいから、だんだん身体が透けるようになっちゃってね。頑張って気を張って、これまでなんとかごまかしてたんだけど、そろそろ疲れちゃった。黙っててごめんね」

「じゃあ……じゃあ、アマネ様にもう一度頼んで、霊力をわけてもらえば」

「美緒。それが自然の摂理に反することはわかってるでしょう?」
 諭すように母が言ったが、到底納得できなかった。

「でも、なんで? お母さんは十年も学校にいられたんでしょう? 銀太くんは幽霊になって二ヵ月も経ってないじゃない!」
 混乱で声が大きくなった。

「幽霊にもよるんだろう。銀太は生前から身体が弱かったし……幽霊になっても寿命が短いなんて皮肉な話だけどな」
 朝陽は悲しそうに銀太の身体に触れた。
 その指先は実体のない弟の身体をわずかに貫いてしまっている。