「おれも気になります。美緒を追って現世まで復讐しに来たりしませんよね?」
 朝陽の隣で銀太もじっとアマネを見た。
 皆の心配が伝わって嬉しくなる。

「行かぬとの保証はできんが、いまの茨は雀じゃからの。行っても何もできんじゃろう」
「え? 丸薬の効果は一日限定では?」
 姫子の質問に、アマネはさらりと答えた。

「飛ばす寸前に呪《しゅ》をかけておいた。わらわが呪を解かぬ限りあやつは永遠にあの姿のままじゃ。今頃は遠い野山でミミズでもつついておるじゃろう」
(さすが神さま……)

「茨のことは良い。姫子はどうじゃ? 人になったのじゃろう?」
「はい、幸せです!」
 姫子は力いっぱいに答えた。
 事件から二日後、仕事をしにヨガクレに行くと、百地が楼閣で待っていた。

 百地は丁寧に頭を下げて謝罪し、朝陽と美緒にそれぞれ慰謝料として金貨10枚もの大金を支払った。黒田にはそれ以上の金を払ったと聞く。

 美緒がもらった慰謝料は、受け取ったことをどこから聞きつけたのか、後ほどひょっこり現れた夜霧に全額渡った。

 夜霧は「毎度どうも!」と嬉しそうに笑い、去り際にちゃっかり名刺まで渡してきた。朝陽に破り捨てられそうになった名刺は手元に保管してある。

 朝陽はもらった金貨のうち、3枚を姫子にあげた。
 姫子は「ありがとう! 優くんがいなかったらあんたと結婚してもいいくらい感謝してる!」と大感激し、朝陽の「断固断る」という冷静な返しも聞こえない様子で烏丸の私室に突撃し、人になって戻って来た。

 姫子は元より人型だったので見た目上に変化はないが、とにかく人になったらしい。

 翌日姫子は優に全てを報告し、晴れて二人は正式なカップルとなった。

「そうか。それでは姫子の件はこれで落着じゃな。美緒、朝陽、よく頑張ってくれた」
「いえ、そんな。わたしは何もしていません。人になれる薬の代金を出したのは朝陽くんですし――」

「美緒」
 手首を引かれ、美緒は言葉を止めて朝陽を見た。

「こういうときは野暮なことは言わずに『そうです』って胸を張ればいいんだよ。お前は姫子のために一生懸命働いたり、部屋を貸したり、色々と尽くしてきただろ。お前の頑張りはみんな知ってるよ」
 朝陽は笑っていた。

「そうよ。あんたには本当に感謝してるんだから。朝陽にも……ああ、もちろん、銀太にもね」
 物言いたげな銀太の視線を受けて、姫子は慌てたように付け足した。

 見回せば、アマネも篝も笑っている。

 誰一人、朝陽の言葉を否定する者はいない。

「……はい。頑張りました」
 胸を張ると、アマネは頷いた。

「うむ。お主のために茨の屋敷に集まったあやかしたちの姿も、わらわはこの目でしかと見た。もはや認めぬわけにはいくまい。美緒。お主をあやかし相談員と認めよう」

「ありがとうございます!」
「しかしいますぐというわけにはいかぬ。何事も相応しい時と場というものがあるからな」

「?」
 どういう意味だろうか。

「ときに美緒、砂の月の七日は空いているか」
「砂の月?」
「ああ、現世とは日の数え方が違うか。ええと……」
「五月二十七日。ちょうど中間テスト直後ですね」
 朝陽が現世の日付に直してくれた。

「うむ。その日は空いておるか」
「はい。特に用事はありません」
 よくわからないまま頷くと、アマネが微笑んだ。

「ではその日に縁日を行うので、そのまま空けておくように」