「引っ越すと言ったら、みんな別れを惜しんでくれたんですよ。一反木綿さんは飛んで会いに行くと言ってくれました。豆だぬきの子たちは花の首飾りをくれましたし、花河童ちゃんはキュウリの漬物をくれたんです。あ、花河童っていうのは頭のお皿に花を飾っていたからわたしが勝手につけた名前なんですけど。彼女がくれた漬物は味のバリエーションも豊かで、とっても美味しかった。もらってすぐに食べ切っちゃいました」

「そうか。良いあやかしに恵まれたようで良かった。縁日では怖い目に遭っただろう? あやかし嫌いになっていないか心配だったんだ」

 美緒の笑顔につられるように、朝陽も微笑んだ。

 感情表現はあまり豊かな方ではないが、優しい狐らしい。
 他者に共感して笑うことができるのだから。

 興味と好感を持って朝陽を見る。
 見た目ではそう変わらない年頃に見えるが、実際はいくつなのだろうという疑問が沸いた。

「……朝陽さんって、いまいくつなんですか?」
「さあ。正確な年は知らない。あやかしはいちいち年を数えたりしないからな。でも、外見的には君と一緒くらいなんじゃないだろうか。少なくとも人間としての公的書類上では君と同じ十五歳ということになっている。でなければ高校に入れないからな」

「…………ん? 高校に通うんですか? 人間の?」
 狐なのに? と続いて飛び出しかけた言葉を美緒はすんでのところで飲み込んだ。

「ああ。君と同じ、光瑛高校に」
 この後の美緒の反応を予想してだろう、朝陽が小さく笑った。

「ええええええ!?」
 光瑛高校は県でも三指に入る進学校。
 実力で合格したのだとしたら大したものだ。
 銀太の『ぼくよりずうっと頭も良い』という褒め言葉は決して大げさではなかったらしい。

「なんでまた!?」
「言っただろう。おれは銀太が生きていればしたかったことを代わりにしているんだ、と」
「…………」

 銀太は美緒と同じ高校に通いたかったのか。
 正体は狐なのに、人に化けてでも、それでも美緒の傍にいたいと思ってくれたのだろうか。

(……それは、嬉しいけど。でも……だから、悲しい)
 そこまで想ってくれていた銀太を失ったことが、とても悲しい。
 鼻の奥がつんとしたのは、きっと気のせいではない。

 美緒は朝陽の左手首に巻かれた赤い紐を見つめた。

 朝陽は銀太のためにあやかしの相談員になるという。

 自分も望めばあやかしの相談員になれるのだろうか。

 アマネという神さまに認めてもらって、朝陽とともにあやかしの相談員となり、七年前に銀太を助けたように、困っているあやかしを助ければ、天国で銀太は喜んでくれるだろうか。

 少しでも、銀太に報えるだろうか。