来々軒と書かれた赤の暖簾を最後にくぐる。
「いらっしゃい」
 赤いタオルを頭に巻いて、黒い半袖シャツを着たガタイががっちりした男の人が視界にドンという和太鼓の効果音とともに入ってくる。
「甚さん。こんばんは」
 功祐、漣、しずく、晴陽、祐大、秀太がバラバラに言う。
「今日もグダグダな」
 はははと苦笑いを浮かべる。
「あれ、新顔がいるではないか」
 このお店の大将らしき人の視線が由真に向けられる。やり取りからして悪い人ではないのは分かるが、それでもライオンのような威圧感を覚えてしまう。
「あ、え、月島由真です」
 名前を言い終わると、大将は目を大きくし、「あ!」という言葉を漏らす。
「もしかして、写真館の」
 え、何で知っているのだろう。確かに、僕のおじいちゃんはお父さんと一緒に、月島写真館を経営している。一緒には住んでいないけど、たまに遊びに行く。
「あっ、はい」
「ごろちゃんのお孫さんだ。ごろちゃん、元気?」
 ごろちゃんは、僕の父方のおじいちゃん月島五朗のあだ名である。
「元気です」
 おじいちゃんは、まだカメラを降ろしていない。現役バリバリで、旅行しながら、写真を撮り続けている。どうやら、来々軒の大将幸田甚三郎さんは、おじいちゃんの古くからの友達で、記憶を遡ってみると、おそらく出会ったことある。最後に出会ったのは、父方のおばあちゃんの葬式だ。

「ツッキ―、まさか大将と知り合いだったとは…驚きだわ」
「驚いた」
 驚きの声が水面の波紋のように広がっていく。
「はい」
「ツッキ―、ずっと思っていたんだけど、タメ口でいいよ」
 功祐が顔を覗かせて言う。
「そうだよ」
 祐大、秀太も続く。
「俺らまでかしこまってしまうからさ」
 漣が首を縦に振りながら、由真に視線を向け、微笑む。
「すみま…ごめん」
「月くんは、星凌高校バスケ部の専属カメラマンになったわけだし、もう私たちの仲間になったわけだし。このメンツは全員、同級生なんだから、遠慮なくためっていいよ」
 まだ、返事をしたわけではないけど、専属カメラマンといわれたら、少しかしこまってしまうけれど、これからも、時間が許す限り、バスケ部の写真を撮りたいなと思ったから、牧田さんの言葉が素直に嬉しかった。
「しずく、ためるって」
 由真の目の前に座る晴陽が頬をゆっくり緩めながら、水を飲む。
「でも、ためってほしい」
 由真の左に座る功祐が、由真に視線を向ける。
「俺ら、もう友達だから気使わなくていいよ」
 由真の右に座る漣が、由真の肩に手を置く。
「あ、ありがとう」
 由真が嬉しそうに俯いて答える。その様子をしずくと晴陽は顔を合わせて微笑みながら眺める。
「月くん、LINE教えて」
 晴陽がスマホをポケットから取り出す。
「俺も交換しよ!」
 次々とスマホを取り出す。
「はい」
 由真もカバンからスマホを取り出し、QRコードで読み取り追加していく。
「月くん、グループに招待してもいいよね?」
 しずくが思いついたかのように言う。
「うん」
 LINEの友達欄、そして、しずくに入れてもらった今日のメンバーがいるグループラインを見て、思わず頬が緩む。

「お待たせしました。醬油ラーメン2つ、塩ユズラーメン2つ、味噌ラーメン1つ。あと、酢豚とチャーハン、餃子12個とから揚げになります」
 甚三郎の息子の孝志郎が運び終え、確認をする。
「ありがとうございます」
 運び終わった後に、しずくが先陣を切って、机の上に配置していく。
「月くんは、醤油ラーメンだったよね」
「うん。ありがとう」
「つっきーも酢豚とか食べていいから」
 祐大が、由真に勧める。
「あ、ありがとう」
「じゃあ、食べよ」
 しずくの声で、皆各々、「いただきます」と言って、ラーメンをすすり始める。
 あまりにもお勢いよくすすってしまったせいで、熱さで舌が悶えている。水を飲まなきゃ。さっき、緊張のあまり飲み干したんだった。陽キャの軍団バスケ部のメンバーに囲まれてラーメン食べる日が来るとは思っていなかったから、水で緊張を和らげようとしたのだった。
「月くん。猫舌?」
 由真は、壊れた人形のように頷く。手前に座る晴陽が自分の分の水を由真の前に差し出す。
 声になっていない「ありがとう」を晴陽に言い、水を飲む。
「はぁ、はぁ…」
 サウナで香花石に水をかけたときの感覚に口内がなっている。
「ありがとう、橘くん」
「どういたしまして」
「気をつけなよ。ツッキ―」
「すみません。大将、水をお願いします」
「はいよ」

「ごちそうさまでした」
「じゃあ、俺たちはこっちだから」
「晴陽とツッキー、また明日」
「おぉ」「はい」
 しずく、功祐、漣、祐大、秀太とは、別方向であったため別れた。

「ラーメン以外の料金って…」
 由真はずっと気になっていたことを晴陽に聞く。
「あぁ、びっくりしたよな。あれ、津野コーチ、祐大の父さんがまとめて払ってくれているんだ。だから、つけ払いってことになるな」
「部外者の僕が食べて良かったんですか?」
「月くんは部外者じゃないよ」
 驚いたことに、皆ラーメンの値段しか払っていなかった。酢豚、餃子、チャーハンの代金はどこにいったんだろう思っていたので、なるほどと納得した。バスケ部の外部コーチ、津野祐大くんの父の津野将大が、代わりに払ってくれるから問題ないと教えてくれた。だから、皆遠慮なく頼んでいたんだと納得する。
「ラーメン美味しかったです。まさか、おじいちゃんの友達が経営しているお店だと知らなかったから驚きました」
「あぁ、びっくりした。俺も」
「放課後、誰かとごはん食べるの初めてだったから嬉しかったです。今日は誘ってくれてありがとうございます」
 密かに憧れていた。友達と放課後、遊びに行ったり、ごはん食べるのに…親は、部活が終わったら寄り道をせずに帰る俺のことを見て、「たまには遊んできたりしてもいいのよ」と言ってくるほど、心配されるほどだったから。こうして、誘ってくれて、一緒にご飯を食べることが出来たのが心の底から嬉しかった。
「蓮に伝えとく」
 誘ってくれたのは榊原くんだったから、明日伝えておこう。
「はい」
「また固くなっているよ。月くん」
 気づいたら、敬語を使ってしまっていた。
「あ、す…ごめん」
「癖って治すの時間かかるから、いいよ。ゆっくりで」
「あ、ありがとう」
 晴陽は、そんな由真の姿を見て、右に視線を逸らし、静かに微笑む。
「俺、月くんのこともっと知りたくなった」
 月の光に照らされる晴陽の真っ直ぐな視線が、由真の心を貫通する。鼓動が速くなる。
「えっ?」
 どういう意味なんだと頭の中で必死に考えるが、分からない。そうこうしていると、駅についてしまった。
「じゃあ、月くん。気を付けて」
「橘くんも」
「ありがと」
「じゃあ…ね。また、明日」
 月夜に照らされながら、友達と「じゃあね」と言いあう日が訪れるとは思っていなかったから、何だか不思議な感覚に包み込まれていた。自転車に乗って、颯爽と帰って行く晴陽の後ろ姿を見えなくなるまで追っていた。

 泉太郎以外、高校で友達できると思っていなかったら、嬉しい。バスケ部って、陽キャの集まりで、僕みたいな陰キャが関わってはいけない世界線にいる人たちで、近づいたら、磁石のN極とN極、S極とS極のように追いやられてしまうとそう思っていた。でも、橘くんたちは違った。こんな僕にも優しく接してくれる。