五月の空は、透き通るような青が広がり、どこか柔らかさを帯びた日差しが穏やかに差し込んでいた。木々の緑は雨上がりのように瑞々しく、街路樹の若葉が風に揺れて、まるで光の粒が弾けるように輝いている。街には、春を過ぎたばかりの初夏の香りが混じり、微かに漂ってくる新緑の香りが心地よい。歩道を吹き抜ける風が由真の肌にそっと触れ、心地よい涼しさが胸に沁みる。由真は、三週間後、退院の許可を得て、久しぶりに登校した。気づけば、五月の半ばになってしまった。
 入院生活は、静かな日々の連続だった。友達たちが見舞いに来てくれる日は、彼にとって特別だった。功祐やしずく、漣が賑やかに笑いながらお菓子を持ってきてくれると、病室の空気が一気に明るくなった。でも、由真が目を覚ました翌日に晴陽がお見舞いに訪れてから顔を見せにくることはなかった。U18の代表合宿や練習で忙しくて学校にも顔を出す日が少なくなったらしい。
 練習が本格的になって、体調崩していないだろうか、今どうしているかな…

 
「おかえり!」
「ツッキ―」「月くん」「由真くん」
 クラッカーが写真部の部室に鳴り響く。
「由真くん、お勤めご苦労様でした!」
 泉太郎の言葉に目が点になる。
 僕は刑務所帰りなのかと心の中でツッコミを入れる。
「今日は、退院祝いだから、遠慮なく食べてね! 来々軒の甚さんがデリバリーしてくれた」
 袋の中を見ると、中華オードブルが用意されていた。前日、しずくから、LINEで「明日昼ご飯持ってこないでね!」というメッセージとウィンクをしたブルドックのスタンプと共に送られてきたのだが、由真はそういうことだったのかと納得する。
「ツッキ―、甚さんからのメッセージ」
 漣が袋に貼られている紙に気づき、剥がしてから、由真に手渡す。
「由真、退院おめでとう。また飯食いに来てな。 甚」
 筆で書かれている迫力がある達筆な文字を見ると甚さんの顔が思い浮かんでくる。ありがとうございます、甚さん。また、食べに行きます。
「美味しそうな匂い。まだ食べてない?」
 功祐が教室から走ってきて、途中参戦する。
「今から食べようとしていた」
 漣が割りばしを割りながら、ドアの功祐に視線を遣る。
「じゃあ、食べよう!」
「由真くん。乾杯の挨拶を」
 泉太郎が、手をマイクにして、由真の前に出す。
「まさか、学校で退院祝いをされる日が来るだなんて思ってもいなかったです。でも、無事退院出来て学校に再び学校に来ることが出来て良かったです。あと、見舞いに来てくれてありがとう。乾杯」
「乾杯!」
 何者かに刺されること自体、珍しいことなのに、さらに学校で退院祝いをしてもらえるだなんて、全国の高校生探してもそうはいないと思う。まだ、犯人見つかっていないから、早く犯人見つかって欲しいし、僕を狙った犯行なら他に被害者が出る可能性は低いかもしれないが、家族や大切な友達に危険が及ぶのだけは避けたい。まだ、心の中に、襲われたときの恐怖が混在している。また、襲われるのではないかと思うと、一人で歩くのが怖い。足が竦む。
「月くん、どうした? 無くなっちゃうよ」
 しずくが、エビチリを頬張った後に、手が止まっている由真を見て心配そうに言う。
「あぁ、ごめん。いただきます」
 由真は、チャーハンと酢豚に手を伸ばし、皿に盛り、頬張る。
 来々軒のごはんは、何食べても美味しい。全制覇したい。
「月くんって美味しそうにごはん食べるよね」
 しずくと来夏が、「そうだよね」と顔を合わせて言う。気づいたら、泉太郎のカメラが、由真がチャーハンを美味しそうに頬張る姿を捉えていた。由真が、キョトンした目で、見つめながら、チャーハンを口に運ぶ。
「良い顔! これを今度の全日本写真展に出そうかな」
 泉太郎がカメラで確認しながら、満足そうな顔で頷く。
「どれどれ」
 しずく、来夏、漣、功祐が泉太郎のカメラを覗く。
「おぉ! いいじゃん」「写真集の一枚みたい!」「いいね!」「出したら、賞取れそうじゃね」
 順番に感想を述べていく。
「由真くん! これ、出していい?」
「い…」
 良いよと言う前に、泉太郎が目を輝かせて「ありがとう!」と言う。
「そろそろケーキ行きますか!」
 ケーキもあるの⁉ と驚嘆する。写真部の冷蔵庫から箱を取り出し、机の真ん中に置く。そこには、フルーツがいっぱいにのったショートケーキのホール。
「ろうそくは用意出来なかった。ごめん」
 泉太郎が、シュンと萎んだ表情を見せるが、由真は、誕生日ではないから別に大丈夫だよと心の中で呟く。
「包丁で切れないから、スプーンで掘っていこう!」
 泉太郎が、皆にスプーンを配布していく。
「この食べ方してみたかったんだよね」
 しずくが心なしかスプーンを持って飛び跳ねている。
「実家で、この食べ方したら怒られるもんな」
 漣が、しずくの横で、顔を綻ばせる。
「俺の家は、洗い物減らすためにこの食べ方で食べる」
「いいなぁ」
 しずくが羨ましそうに声をあげる。
「でも、この食べ方って実質早いもん勝ちっていう部分があるよな」
「確かに」
 皆が漣の言葉に同意を示す。
「食べよ! 休憩時間あと15分で終わっちゃうから」
 由真が時計を見て焦り始める。
「いただきます」
 一口頬張ると、ふわふわのスポンジと甘さ控えめのクリームが口の中でとろけて、ジューシーなフルーツが爽やかに広がる。このケーキ、ただ甘いだけじゃなくてフルーツの酸味と甘さが絶妙で、飽きることなく、食べれてしまう。
「昼から中華のオードブル食べて、ケーキ食べている学生ってそうそういないよ」
 来夏が最後の一口を頬張り締めくくる。