ゆっくりと目を開けると、ぼんやりとした視界の中に白い天井が映った。周囲は静かで、どこかひんやりとした空気が体を包んでいる。すぐ近くで微かに機械音が鳴り、心拍を知らせる音が規則的に響いているのがわかった。ふと、右手に温かい感触があることに気づいた。
ここ、病院だ。まだ、頭が少しぼんやりとする中、記憶を辿る。試合の帰り道に誰かに刺されたんだ。痛たた…脇腹が抉られたかのような痛さだ。消えゆく意識の中に映る橘くんたちの顔、記憶が断片的に思い起こされる。先ほどから握られている右手に視線を落とすと、晴陽が手を握ったまま、ベッド脇で、ブランケットを羽織ったまま、眠っていた。
「晴陽」
由真は、夜風のような声で、皆が呼んでいるように初めて彼のことを名前で呼んでみる。
何だか心臓が胸から飛び出そうだ。まだ、面と向かって呼ぶには、ハードルが高い。
「橘くん。橘くん」
由真は、晴陽の肩を揺する。晴陽は微かに反応して顔を上げた。眠気の残る瞳で、しかし心から安心したように、晴陽は笑みを浮かべて言った。
「良かった…目が覚めたんだな」
その一言に、由真はほっと息をつき、今まで感じていた痛みと不安が少し和らいでいくのを感じた。
「ごめん。迷惑かけて。ありがとう」
目が覚めるまで一緒にいてくれて…
病室の中、由真はベッドに腰をかけ、警察官の質問に答えていた。淡々とした警察官の口調と、少し硬い空気に、どこか現実感が薄れていくような不思議な感覚がする。
「襲われたのは何時ごろでしたか?」
由真は記憶をたどりながら、少しだけ顔をしかめる。脇腹の痛みが蘇り、冷えた夜風が刺さるようだったことがよみがえった。
「たぶん…五時過ぎです。バスケ部の試合が終わって、帰り道の途中で…」
警察官が頷きながらメモを取っていく音が、やけに大きく感じられた。淡々とした手つきでペンを走らせる様子に、由真の緊張が少しずつ募っていく。
「相手の顔や、何か特徴は覚えていますか?」
その質問に由真は視線を落とし、わずかに眉をひそめた。暗がりの中、犯人の顔や表情はほとんど見えず、ただ背中が消えていったことだけが残っている。
「パーカーを被っていて、全体的に真っ暗で…でも、髪が長かったです。胸元まであって、身長は、僕より少し高めぐらいでした」
「そうですか…何か、恨みとか買われるようなことって」
言葉を切り、少しだけ考え込んでから、静かに続ける。
「あったかもしれません。星稜高校バスケ部にはファンが沢山いて、人気者の橘晴陽君と仲良くさせてもらったりしていたのと、前に…」
持っていたスクールバッグがどこにあるのか目をキョロキョロさせて探していると、刑事さんがその様子に気づいたのか、バッグを渡してくれ、チャックを開けて、クリアファイルから紙を出す。
「バスケ部から離れろ。じゃなきゃ、どうなっても知らないからな」
よく見る新聞の字で切り抜きされた脅迫文。学校の靴箱に入れられていた。この紙を手にした時は、総毛立ち、しばらくは、頭の中が真っ白だった。
「この脅迫状が頭の片隅にあったので、本当は、昨日の試合で、バスケ部に写真を撮りに訪れるのを最後にしようと思ったんです」
自分の言葉に、自身でも少し鳥肌が立つ。警察官は頷き、また静かにメモを取る。その冷静さが、何よりも怖く感じられる瞬間だった。事情聴取が進むにつれて、彼は胸の奥にわだかまる不安を感じつつも、どこか覚悟を決めたように警察官に答えていった。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
警察官の人は、深々と頭を下げ、静かに病室を後にした。
入れ違いで、晴陽、しずく、漣が病室に入ってくる。
「月くん! ごめんね。事情聴取で疲れているのに来てしまって」
しずくが一番に駆け寄り、その顔には安心と心配が入り混じっている。声が少し震えて、瞳が少し潤んでいるのが分かる。
「全然、大丈夫! 来てくれてありがとう。心配かけてごめん」
功祐は、戸惑いながらも由真の顔をじっと見て、口を開こうとしては言葉を詰まらせていた。
「どうして…ツッキ―が刺されなきゃいけないんだよ…」
顔に暗い影を落とす。その隣で漣も深くため息をつき、由真の枕元に立つと、まるで何か言いたそうに目を伏せた。晴陽は一歩遅れて部屋に入ると、ベッドに横たわる由真にじっと視線を向け、いつもの笑顔を浮かべることもなく、ただ黙って立ち尽くしていた。視線が由真の脇腹に向くと、苦しげに眉を寄せる。
「ご…ごめん」
晴陽は、先ほどの事情聴取を壁越しに耳にして、心の中では憤怒に燃えていた。
由真は、晴陽の表情と言葉が胸に突き刺さり、頭を振る。
その言葉が喉まで込み上げてくるのに、どうしても声にすることができない。まるで、その想いに見えない何かが絡みつき、出てこないように押し戻されてしまうようだった。
ここ、病院だ。まだ、頭が少しぼんやりとする中、記憶を辿る。試合の帰り道に誰かに刺されたんだ。痛たた…脇腹が抉られたかのような痛さだ。消えゆく意識の中に映る橘くんたちの顔、記憶が断片的に思い起こされる。先ほどから握られている右手に視線を落とすと、晴陽が手を握ったまま、ベッド脇で、ブランケットを羽織ったまま、眠っていた。
「晴陽」
由真は、夜風のような声で、皆が呼んでいるように初めて彼のことを名前で呼んでみる。
何だか心臓が胸から飛び出そうだ。まだ、面と向かって呼ぶには、ハードルが高い。
「橘くん。橘くん」
由真は、晴陽の肩を揺する。晴陽は微かに反応して顔を上げた。眠気の残る瞳で、しかし心から安心したように、晴陽は笑みを浮かべて言った。
「良かった…目が覚めたんだな」
その一言に、由真はほっと息をつき、今まで感じていた痛みと不安が少し和らいでいくのを感じた。
「ごめん。迷惑かけて。ありがとう」
目が覚めるまで一緒にいてくれて…
病室の中、由真はベッドに腰をかけ、警察官の質問に答えていた。淡々とした警察官の口調と、少し硬い空気に、どこか現実感が薄れていくような不思議な感覚がする。
「襲われたのは何時ごろでしたか?」
由真は記憶をたどりながら、少しだけ顔をしかめる。脇腹の痛みが蘇り、冷えた夜風が刺さるようだったことがよみがえった。
「たぶん…五時過ぎです。バスケ部の試合が終わって、帰り道の途中で…」
警察官が頷きながらメモを取っていく音が、やけに大きく感じられた。淡々とした手つきでペンを走らせる様子に、由真の緊張が少しずつ募っていく。
「相手の顔や、何か特徴は覚えていますか?」
その質問に由真は視線を落とし、わずかに眉をひそめた。暗がりの中、犯人の顔や表情はほとんど見えず、ただ背中が消えていったことだけが残っている。
「パーカーを被っていて、全体的に真っ暗で…でも、髪が長かったです。胸元まであって、身長は、僕より少し高めぐらいでした」
「そうですか…何か、恨みとか買われるようなことって」
言葉を切り、少しだけ考え込んでから、静かに続ける。
「あったかもしれません。星稜高校バスケ部にはファンが沢山いて、人気者の橘晴陽君と仲良くさせてもらったりしていたのと、前に…」
持っていたスクールバッグがどこにあるのか目をキョロキョロさせて探していると、刑事さんがその様子に気づいたのか、バッグを渡してくれ、チャックを開けて、クリアファイルから紙を出す。
「バスケ部から離れろ。じゃなきゃ、どうなっても知らないからな」
よく見る新聞の字で切り抜きされた脅迫文。学校の靴箱に入れられていた。この紙を手にした時は、総毛立ち、しばらくは、頭の中が真っ白だった。
「この脅迫状が頭の片隅にあったので、本当は、昨日の試合で、バスケ部に写真を撮りに訪れるのを最後にしようと思ったんです」
自分の言葉に、自身でも少し鳥肌が立つ。警察官は頷き、また静かにメモを取る。その冷静さが、何よりも怖く感じられる瞬間だった。事情聴取が進むにつれて、彼は胸の奥にわだかまる不安を感じつつも、どこか覚悟を決めたように警察官に答えていった。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
警察官の人は、深々と頭を下げ、静かに病室を後にした。
入れ違いで、晴陽、しずく、漣が病室に入ってくる。
「月くん! ごめんね。事情聴取で疲れているのに来てしまって」
しずくが一番に駆け寄り、その顔には安心と心配が入り混じっている。声が少し震えて、瞳が少し潤んでいるのが分かる。
「全然、大丈夫! 来てくれてありがとう。心配かけてごめん」
功祐は、戸惑いながらも由真の顔をじっと見て、口を開こうとしては言葉を詰まらせていた。
「どうして…ツッキ―が刺されなきゃいけないんだよ…」
顔に暗い影を落とす。その隣で漣も深くため息をつき、由真の枕元に立つと、まるで何か言いたそうに目を伏せた。晴陽は一歩遅れて部屋に入ると、ベッドに横たわる由真にじっと視線を向け、いつもの笑顔を浮かべることもなく、ただ黙って立ち尽くしていた。視線が由真の脇腹に向くと、苦しげに眉を寄せる。
「ご…ごめん」
晴陽は、先ほどの事情聴取を壁越しに耳にして、心の中では憤怒に燃えていた。
由真は、晴陽の表情と言葉が胸に突き刺さり、頭を振る。
その言葉が喉まで込み上げてくるのに、どうしても声にすることができない。まるで、その想いに見えない何かが絡みつき、出てこないように押し戻されてしまうようだった。