春季大会の試合は、星稜高校と同じ地区の強豪校との対戦だ。観客席は早くから埋まり、熱気と期待が漂っている。試合開始のホイッスルが鳴ると、体育館全体が一瞬静まり返り、その後すぐに盛り上がりを見せる。
 晴陽は、コートの中心で存在感を放っていた。チームのエースとして、彼の動きは俊敏で、ボールを持つとその腕に自信がみなぎる。ドリブルで相手をかわし、視線をコート全体に巡らせる。時折、パスを出しながら、彼は周囲の選手たちの位置を確認している。彼の心には、最後の試合を勝利で飾りたいという強い意志が宿っている。
 由真は、試合の展開を見逃さないように、カメラを手に緊張した面持ちでコートの脇に立っている。彼は選手たちの動きに集中し、シャッターを切るタイミングを図っていた。晴陽がボールを受けた瞬間、由真は一瞬の美しさを捉えようと、カメラを構える。レンズ越しに 見える晴陽の表情は、強い意志と仲間への信頼感で満ちていた。
 試合が進むにつれて、両チームの点数は接戦を繰り広げていた。相手校のエース選手が果敢に攻め込んでくると、晴陽はそれに対抗するように、果敢にディフェンスに入る。由真は、その一瞬一瞬を逃すまいと、カメラを動かす手を止めない。彼の心は、晴陽の活躍を記録することに集中している。
 ついに、試合終盤、点数が同点に追いつく瞬間が訪れる。晴陽がボールを持ってゴールに向かう。その瞬間、由真は息を飲み、心臓が高鳴るのを感じながら、シャッターを押す。レンズ越しに映る晴陽の決定的なシュートの瞬間、彼の表情からはまさに「勝利を掴む」という強い意志がひしひしと伝わってきた。
 ボールがゴールに吸い込まれると、観客席からは歓声が巻き起こる。由真はその瞬間を捉えた写真を見つめながら、心を震わせていた。自分のレンズを通して見た晴陽の姿が、これから先の彼の心の中で、永遠に輝き続けることを確信していた。

 星稜高校は接戦を制して勝利を収めた。コート上は歓喜の渦に包まれ、晴陽は仲間たちとハイタッチを交わしながら、達成感に浸っている。由真は、その光景を見守りながら、晴陽の姿をカメラで切り取る。彼の笑顔が輝く瞬間を記録できたことに、満足感を覚えていた。 

 現地解散だったが、打ち上げに向かおうとカラオケ喫茶コッコに向かう道中、まだ興奮冷めやらぬ様子で、勝利の余韻に浸っていた。功祐や漣は、今後の試合の戦略や自身のパフォーマンスについて話し合いながら、盛り上がっている。
「次の試合も頑張ろうな!」と、功祐が意気込みを語る。
「絶対に勝って、夏のインターハイに繋げたいね」と、漣も力強く言う。
 由真は、少し離れた場所から、そんな友人たちの様子を見ながら、カメラを手にしつつ、彼らの笑顔を記録することに集中していた。周囲の風景は夕暮れに染まり、オレンジ色の空が彼らの上に広がっている。彼はこの瞬間を永遠に留めたいと強く思っていた。
 しかし、突然不穏な空気が漂い始めた。人通りが少ない道に差し掛かったとき、由真は何か不自然な視線を感じた。その瞬間、背後から何者かが近づいてきて、次の瞬間、鋭い痛みが彼の左脇腹を貫いた。
「ん…⁉」
 由真は驚きと痛みに顔を歪め、その場でよろめく。違和感を覚えた晴陽や仲間たちが振り返り、何が起きたのか理解できないまま、由真の元に駆け寄る。
「月くん! しっかり」
 晴陽は声を上げ、由真の顔色が青ざめているのを見て心配する。慌てて由真の肩を抱き寄せる
「誰かに…刺された…」
 由真はかすれた声で言う。手で傷を抑えていたが、血がじわじわと滲んでくる。仲間たちの表情は一瞬にして緊迫したものに変わり、周囲の空気も凍りついた。
 意識が手から砂が漏れていくようにすり抜けていく。
「救急車…」
 功祐としずくが慌てふためく。
「もう、呼んだ」
 漣が少し離れた場所で、冷静に、警察と救急車を呼び戻って来るが、内心焦りと恐怖が遅れて、胸の中で、汗のようにじわじわと湧き出て、「ツッキ―」と拳に力を入れ、心を乱していた。