同じ写真部で一年の頃一緒にいることが多かった泉太郎とクラスが離れ、一緒に昼ご飯を食べる相手がいない由真は、毎日写真部の部室で静かにお弁当を食べていた。その場所は、彼にとって唯一落ち着ける場所だった。

 しかし困ったことに、今日、いつものようにポストに暗証番号を入れ、部室の鍵を取り出そうとすると…ない。
「鍵は五十嵐先生が持って帰ってしまったので、今日は休み!!!」というホワイトボードに書かれた文字が目に入る。

「うそでしょ…」
 由真の心は一気に暗く沈んだ。膝から崩れ落ちそうな気分。少しの間、呆然と立ち尽くした後、ふとトイレでお弁当を食べることを考える。そうだ、それしかないと諦めかけたその瞬間。 
「月くん、どうした?」
 驚いて顔を上げると、そこには晴陽が立っていた。いつからそこにいたのか…由真は焦って言葉を探すが、何も出てこない。

「あ、あの…その…」
 どんな言い訳をしようか考える暇もなく、晴陽が静かに口を開く。
「ついてきな」
 彼の声色は今、空で存在感を放っている太陽のように穏やかだった。無言で晴陽について行く由真は、彼がどこに連れて行こうとしているのか不安と少しばかりの好奇心が入り混じっていた。


 辿り着いたのは、バ2年1組の教室だった。功祐、しずく、漣が楽しそうにお弁当を食べているのが見える。
「晴陽、わりぃ。腹減りすぎてて、しずく、功祐と先食べている」
 漣が申し訳なさそうにする。それに対し、晴陽は首を振る。
「あれ、ツッキーじゃん」
 功祐が気軽に声をかけてくる。由真は少し緊張しながらも、晴陽の横に立った。
「月くん、誘ってきた。いいよな?」
「あぁ」
 功祐と漣は軽く頷く。
「どうぞ」
 しずくが空いている椅子を持ってきてくれる。
「あ、ありがとうございます」
 由真は感謝しつつ、椅子に座る。彼の心は、部室で一人食べていたときとは違う緊張感に包まれる。こんな俺がキラキラしている面々に混じることへの異物感、緊張のあまりの居心地の悪さを感じていたが、気づいたらすーっと溶けていった。

「月くん、写真撮るの上手いんだよ」
 しずくが話を振る。
「そりゃあ、写真部だからに決まっているじゃん」
 功祐が軽口を叩くが、しずくは真剣な面持ちで続ける。
「この前、金曜日に少し見せてもらったんだけど、切り取る瞬間が上手いなって思ったの。なんか、特別な何かを感じるんだよね」
「しずく、いつの間に⁉」
 晴陽はしずくの言葉に目を大きくする。
「ツッキー、今持ってないの? カメラ?」
 功祐が目を輝かせて聞く。
「後ろの棚に置いてますけど…」
「見たい!!」
「月くん、困っているだろ」
「いえ、大丈夫です」
 誰かに写真を見たいと言われるのは、あまりなかったから、嬉しかった。困って見えてしまったのは、嬉しかったのとどういう目で見られるのか少し怖いと思ってしまった。写真に映る本人たちに写真を見せて、感想を直接貰う機会ってなかなかないことだから、不安な気持ちが過る。由真は立ち上がり、カメラが置いてあるロッカーにいこうとしたとき、晴陽は由真の手を掴む。
「ごはん済んでからでいいよ」
「はい」
 晴陽の言うとおり、着席する。風船が急に萎んだかのような心境になる。舞い上がってしまった自分を殴りたくなる。

「ごはん済んでからの方がゆっくり見れるから。だから、早く食べよ。俺も月くんの写真見たいから」
 怒られているのかなと思ったら、違った。晴陽の陽だまりのような視線に心が温かくなる。