「晴陽くん、ごはんの準備できたよ」
 瑞穂の声で、晴陽は立ち上がり、料理が並べられた机がある部屋に向かう。あまりの豪華さに晴陽の目が点になる。30分前まで、コンビニのご飯で済ませようと思ったのに。
「いいんですか? こんなご馳走よばれても」
 お肉屋さんで購入したという国産豚と牛のしゃぶしゃぶ、寿司、和風サラダが並べられていた。
「もちろんだよ。沢山あるから遠慮なく食べてね」
 瑞穂と尚人が目を合わせて、瑞穂は冷蔵庫で冷やした缶ビールを持ってきながら、晴陽に言う。
「橘くん、座って」
 由真は、手招きをし、晴陽は、由真の横に着席する。
「じゃあ、いただきます」
 尚人、瑞穂、由真、由那、尚人の五人で食卓を囲む。晴陽は、この食卓に、由真の話によくでてくるおじいちゃんがいないことを疑問に思い、聞いたところ、「毎年、おじいちゃんは、人間ドックに行っている」と由那の口から返ってきた。クリスマスに人間ドック、すごい…と晴陽はしゃぶしゃぶされた肉をごはんでくるみ口の中に入れ、咀嚼しながら、どんなおじいちゃんなんだろうとワクワクが心の中に増えていく。

 ふぅ…美味しかった。由真は、背伸びをする。
 特別な日のごはんって、いつもより豪華だから美味しいことには変わりないんだけど、誰かと美味しいを共有できるのが良いのかな。家では、家族と時間が揃わなくて、一人で食べることが多いし、学校でも橘くんたちとごはんを一緒に食べるようになってから、ごはんの時間が前より楽しみになったし、「美味しい」と口にすることが増えた。
「お腹いっぱい」
 晴陽は、横腹を左手で抑えて横を向く。偶々、由真と目が合い、微笑む。
 由真は、晴陽の恍惚な顔を見て、思わず心を溶かされそうになる。咄嗟に、天井の木目を見つめて、心を平常運転に戻す。
「晴陽くん。写真館を案内しようか」
 尚人が、晴陽に提案する。
「ぜひ! お願いします」
 写真館の外観は、昔ながらの趣を感じさせる木造の建物で、入口の上には「月島写真館」と達筆で書かれた看板が掲げられていた。温かみのある木製のドアと窓が並び、どこか落ち着いた昭和風の雰囲気を漂わせていた。中に入ると、木の香りが漂う落ち着いた空間が広がり、壁にはこれまで撮影してきた写真が並んでいる。店内はこぢんまりとしているものの、柔らかい照明が照らし、心がほっと和む空間。床は木目のフローリングで、ところどころに敷かれたカーペットが温かみを感じさせる。
 晴陽は、飾られた写真を一つずつ見ながら、尚人の後についていく。
 すると、置時計の横に掛けられた額縁の写真に足を止め、思わず目を奪われていた。夕日が赤く染め上げる中、逆光を受けた小さな男の子が、一心にバスケットゴールを見つめ、手を高く伸ばしている。頬には小さな汗の粒が光り、ゴールに向けて放たれるシュートには、無垢な願いが込められているかのようだ。彼の眼差しは真剣そのもので、背後には夕焼けのグラデーションが広がり、柔らかなオレンジ色の光がシルエットを際立たせている。時間が止まったかのような瞬間、まだ幼い彼の背中からは、強くなりたいという心の声が聞こえる気がする。
「あぁ、この写真は、7才の由真が公園で撮ってきた。カメラ持って二週間にしては、大した出来の写真だったから、腰抜かしてしまった」
 尚人が「懐かしいな」と言葉を漏らしながら、晴陽に近づく。
「どこの公園ですか?」
「さっき、晴陽くんが練習していた皐月公園だよ」
 心臓を射抜かれたかのような顔を見せて、「そうなんですね…」と日が沈むかの表情で答える。すると、瑞穂の皿洗いの手伝いを終えた由真が、晴陽の元にやって来る。
「由真も来たか。今、晴陽くんとこの写真の話をしていて」
 晴陽は、慌てた様子で、スマホで時間を確認して、口を開く。
「あ、ごめん。俺、もうそろそろ帰らなくちゃ…」
「送っていこうか」
 尚人がそれは残念と言う顔をして、提案する。
「大丈夫です」
「でも」
 由真が心配そうな視線で晴陽を見る。
「月くんは一家団欒の時間過ごして」
 晴陽は、由真の肩を横から優しく叩く。
「あ、うん」
「お邪魔しました。ごちそうさまでした」
 尚人と由真、そして、瑞穂と由那に挨拶して、バスケットボ―ルを入れたスポーツバッグを手にして、雪がうっすらと降り積もった道に足跡を残しながら、駅に向かう。立ち止まり、空を見上げながら、息を大きく吐く。

 ――月くんだったんだ。