クリスマスの街並みは、家族連れ、カップルで賑わいを見せている。絵になるシーンの数々で、シャッターを切るが、なかなか満足するものが撮れない。思い出を残す一枚なら、今日撮った写真は合格を出せると思うが、コンクールに出すとなったら、何か違うんだよな。今までの自分だったら、合格の札を挙げていたが、今日は合格の札が一度も挙がらない。どうしようとカメラを撫でながら帰路についていると、バスケットゴールがついている公園に引き寄せられていた。この公園を通るたびに誰かがバスケの練習をしている。今日もクリスマスなのに誰かが熱心に練習をしていた。その人のことを眺めていると、深呼吸をして、スリーポイントシュートを打つ態勢になる。由真は、すぐさま、カメラを構え、シャッターを押した。後ろから、こんなに近くから撮るのは初めてだ。シュートがスパッと入る音が耳を掠める。心の中で拍手をしていると、バスケットボールを取りに行ったその人が振り返る。すると、心臓に弓矢を放たれたかのような衝撃に陥る。
「月くん⁉」
「橘くん」
 驚きで、吹きとばされそうになる。確かに昨日、帰り道に、バスケの練習をすると言っていたけれど、まさかこんな所で出会うとは思いもしなかった。
「どうしたの? 家こっちじゃないよね?」
「あぁ、えっと。おじいちゃんが経営する写真館がこの近くで、今日は遊びに来た」
「そうなんだね」
 偶々会った由真と晴陽が話し込んでたところに、カメラを手にした緑色のニット帽の大人の男性が現れる。
「由真! あれ、横の子は?」
「初めまして、橘晴陽です」
「あぁ、バスケ部の⁉ 本物だ! 息子がかなりお世話になっているみたいで。父の尚人です」
 いつも、写真では橘くんのことお父さんに見せていたから、まるで、テレビに出ている芸能人を生で見たかのような表情を浮かべ、嬉々とした声で挨拶をする。
「いえいえ」
 晴陽は、首を横に振る。
「この後、用事とかある? それとも、まだ、練習とかする?」
 尚人は、腕時計に視線をやりながら、晴陽に尋ねる。
「そろそろお昼ごはん食べに帰ろうかと」
「良かったら、うちの写真館来ない? ごはんも一緒に。由真もいいだろ?」
 由真は、「いいけど」と頷き、晴陽の顔を見る。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 晴陽は由真の目を見て、陽光ごとく優しい笑みを浮かべる。
 橘くんが、家、正確に言えば、おじいちゃんの家だけど…来るなんて、思いもしなかったから、急に緊張してきた。

「ただいま」
 尚人が先陣を切って、ドアを開ける。
「おかえり」
 奥から、足音がドタドタと近づいてくる。晴陽は、その音共に背筋をピンと伸ばす。
「初めまして。橘晴陽くんよね。由真の母の瑞穂です」
 エプロン姿で、瑞穂は、晴陽を見て、目を輝かせながら、頭を下げる。
「月島由那です」
 七才離れた2つ結びをしている由真の妹が瑞穂の陰に隠れながら、挨拶をする。
「この子、少し人見知りで」
 瑞穂の言葉に由那がすねた顔を見せる。そんな姿を見て、晴陽は由那の目線に合うようにかがみ、「由那ちゃん、よろしくね!」と微笑む。由那は、瑞穂の背中で顔を隠す。そして、晴陽は、態勢を元に戻し、瑞穂に挨拶をする。
「由真くんと仲良くさせてもらっています。橘晴陽です。今日はいきなりすみません」
「まぁ! いいのよ。ほら上がって。直接会って見たかったから嬉しいわ」
 何て行儀のいい子かしらと瑞穂は心の中で呟く。
 そして、「ありがとう。尚人さん」とひっそりと肩を叩く。
「じゃあ、失礼します」
 晴陽は靴を脱ぎ、尚人に案内されて部屋の中へと入ってく。由真を引き留め、「イケメンだね」とボソッと言う。

 家の中に入ると、晴陽が、仏壇前に置かれている由真の祖母の静保の顔写真に視線を向けていた。遺影に写る表情は、どこか懐かしい優しさを湛えている。やわらかな笑みをたたえた口元が特徴的で、ふんわりと丸みを帯びた頬はあたたかみがあり、眼差しは、まるでどこか遠くを眺めるような落ち着きがあり、見る者に語りかけるような不思議なやさしさが漂っている。
「僕のおばあちゃん。五年前に病気で」
 由真の言葉を聞いて、晴陽の顔が曇る。
「線香あげてもいい?」
 夕日のような切ない空気を纏った声で、晴陽は由真の目を見る。由真は少し驚きながらも、大きく頷く。線香を手に取りあげると、小さな煙がゆっくりと天に昇り、ほんのりとした香りが部屋を満たしていく。

 晴陽は心の中で問いかけていた。
 ――どこかでお会いしたことありませんか? どこで会ったんだろう…。