3と書かれたピンクのゼッケンを着た選手が、迫ってくる相手を華麗にかわし、風のようにゴールへと駆け抜ける姿が目に飛び込んできた。あ、この絵いいかもとカメラを構える。「よし、今だ」とシャッターを切った瞬間、ブザーが鳴り響く。そして、ボールは音もなくリングを通り抜け、シュートが決まった。これって、ブザービートだよね……
「あ…かっこいい」
思わず心の声が漏れてしまった。撮影に集中していたつもりが、その選手と目が合ってしまった。彼はタオルを受け取ると、そのままこちらに歩いてきた。緊張で全身が固まる。犯罪者が警察に見つかったかのような心境に陥る。こ、こ、これは…怒られるやつだ。逃げた方がいいのか? でも、逃げたら余計に怪しまれそうだ。周りから「盗撮?」と囁く声が聞こえ、焦りが募る。どうすればいいんだ…。
俯いて怯えていると、突然手首を掴まれた。心臓が大きく跳ねる音が耳に響く。まるで捕まえられた小動物のような感覚。恐る恐る顔をあげる。これは、どういう表情…? でも、明らかに「怒」だ。何か言ってくれ! そう願いながらも、体育館の中へと引っ張られていく。何て言えば、もう土下座して謝るしか…
「ご、ごめんなさい!盗撮じゃなくて、ただ…」
言葉が、出てこない。謝罪って、どうす…3番の人が咳ばらいをする。
「中に入って撮りなよ。その方がいい写真が撮れるだろ」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、彼は落ち着いた声で言葉を続ける。
「写真部の月島由真くん」
名前を呼ばれるなんて思ってもしなかったので、心臓の鼓動が階段からジャンプしたかのように跳ねてしまう。
「なんで俺の名前を…」
「同じクラスだろ」
「あ、橘くん」
思い出した。彼の名前は、橘晴陽くん。クラスの中心的な存在で、出席番号は俺の二つ前。爽やかな印象があり、センター分けの髪型が特徴的。真っ直ぐな黒髪で、大自然の中、陽光降り注ぐ川のような神秘さ、輝きを放っていた。まだ、クラス替えして、一週間経っていないけど、この人のことは印象に残っていた。制服じゃなかったから、すぐに気づけなかった。
「こんな奴、同じクラスにいたっけ?」
横にいた松井功祐が僕を頭の先から足の先まで見下ろすように言う。身長が高く、二の腕から筋肉質であるのは一目で分かる。短めの黒髪で、キリっとした目が特徴的である。まぁ、僕のような陰キャは目立たないから仕方ないか…。
「おい、功祐。失礼だろ」
晴陽が功祐に軽くチョップを入れると、功祐は「すまん」と謝った。
「大丈夫です…」と俺は小さな声で応える。
「月島…じゃあ、ツッキーって呼んでいい?」
突然のニックネームに戸惑いながらも、功祐が右手で俺の肩に手を置いた。
「あ、はい」
え? ツッキー…?
「休憩終わり!」
「じゃあ、月くん。俺たち練習戻るから、ゆっくりしていってね」
晴陽が去り際に俺に声をかける。
ん? 月くん…?
「あ、ありがとうございます」
初めて呼ばれたあだ名に衝撃を受けながらも、なぜか嫌な気分じゃなかった。
晴陽の好意で二回の観客席から写真を撮っていると、隣に誰かが立つ気配を感じる。視線を横に向けると、女子生徒が一人、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ている。おそらくマネージャーだろう。ポニーテールにまとめた髪が揺れ、可愛らしいリスのような顔立ちをしている。小柄で、明るく快活な笑顔が印象的だ。彼女の顔を見て、どこかで見たような気もするが、名前が思い出せない。焦るように記憶を辿っていると、彼女がすぐに気づき、口を開く。
「同じクラスの牧田しずく」
「あ、す、すみません。名前覚えるの苦手で…」
「まだクラス替えして一週間しか経っていないんだから、仕方ないよ。」
しずくの優しい言葉に、由真は心の中でホッと息をつく。頭を軽く下げる。クラス替えなんて毎年あるんだし、クラスの陰に潜む僕にとっては、覚えても無駄だと思っていた。去年も、忘れられていることが多々あったし…でも、僕の名前を覚えてくれている人がいるのだと思うと、嬉しかった。だから、今年はクラスの人の名前頑張って覚えようと思った。
「勝手にお邪魔してすみません。」
「いいよ! それより、いい写真撮れた?」
その言葉に、由真はカメラの画面を確認しながら頷く。
「おぉ、上手じゃん。さすが写真部。」
たまたま視界に入った写真を見て、しずくは目を見開き、褒める。
「ありがとうございます。でも、スポーツしてる人の写真撮るの、ほぼ初めてで…」
「でも、すごく上手だと思うよ。」
しずくの言葉に、由真は少し恥ずかしくなりながらも、胸の中に温かい感情が広がる。そんな中、しずくがふと思いついたように、軽い口調で言った。
「良いこと思いついた。このバスケ部の専属カメラマンやってみない? 試合の写真を撮って、選手たちのアピールを手助けする感じでさ。広報みたいな役割って言うのかな。バスケ部のSNSとかの写真、私たちマネージャーがスマホで撮ったりしているんだけど、何かあまりいい写真撮れなくて」
「あと、カレンダーとかブロマイドを作ってさ。遠征や合宿の費用もかかるし、バスケしてる男子って、実際モテるから学校外にもファンが多いんだよ。学祭のミスターコンでも、毎年バスケ部のメンバーがランクインするくらいだし。結構需要あるんだよ」
しずくの声は明るく、冗談めかしているようだが、その目は真剣だった。由真は一瞬返事に迷い、カメラを握りしめた。
「考えておきます。」
「もちろん無理はしないで。写真部の活動もあるだろうし、そっちを優先していいから。」
しずくの言葉に、由真は軽く笑みを返すが、心の中では少し動揺していた。
「はい」
しずくは二階から、晴陽に視線を送る。その視線に由真は気づき、ボールをパスした後、微かに微笑む。そんな二人の様子が横から見えてしまう。もしかして、これがいわゆる、恋? というものなのかと思い、目線を戻し、カメラを構えて二人の間を邪魔しないようにする。しずくは、そんな由真と晴陽を交互に眺める。
「月くん、本当にすごい写真撮るんだから。きっとバスケ部の皆も喜ぶよ。じゃあ、頑張って」
そう言葉を残すと、マネージャーとしての仕事をしに、1階へと降りていった。
その言葉には、密かな応援の響きが込められていたが、由真はまだその意図を汲み取ることができない。
ただ、しずくの明るい笑顔と温かい言葉に思わず顔が綻んでしまった。
「あ…かっこいい」
思わず心の声が漏れてしまった。撮影に集中していたつもりが、その選手と目が合ってしまった。彼はタオルを受け取ると、そのままこちらに歩いてきた。緊張で全身が固まる。犯罪者が警察に見つかったかのような心境に陥る。こ、こ、これは…怒られるやつだ。逃げた方がいいのか? でも、逃げたら余計に怪しまれそうだ。周りから「盗撮?」と囁く声が聞こえ、焦りが募る。どうすればいいんだ…。
俯いて怯えていると、突然手首を掴まれた。心臓が大きく跳ねる音が耳に響く。まるで捕まえられた小動物のような感覚。恐る恐る顔をあげる。これは、どういう表情…? でも、明らかに「怒」だ。何か言ってくれ! そう願いながらも、体育館の中へと引っ張られていく。何て言えば、もう土下座して謝るしか…
「ご、ごめんなさい!盗撮じゃなくて、ただ…」
言葉が、出てこない。謝罪って、どうす…3番の人が咳ばらいをする。
「中に入って撮りなよ。その方がいい写真が撮れるだろ」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、彼は落ち着いた声で言葉を続ける。
「写真部の月島由真くん」
名前を呼ばれるなんて思ってもしなかったので、心臓の鼓動が階段からジャンプしたかのように跳ねてしまう。
「なんで俺の名前を…」
「同じクラスだろ」
「あ、橘くん」
思い出した。彼の名前は、橘晴陽くん。クラスの中心的な存在で、出席番号は俺の二つ前。爽やかな印象があり、センター分けの髪型が特徴的。真っ直ぐな黒髪で、大自然の中、陽光降り注ぐ川のような神秘さ、輝きを放っていた。まだ、クラス替えして、一週間経っていないけど、この人のことは印象に残っていた。制服じゃなかったから、すぐに気づけなかった。
「こんな奴、同じクラスにいたっけ?」
横にいた松井功祐が僕を頭の先から足の先まで見下ろすように言う。身長が高く、二の腕から筋肉質であるのは一目で分かる。短めの黒髪で、キリっとした目が特徴的である。まぁ、僕のような陰キャは目立たないから仕方ないか…。
「おい、功祐。失礼だろ」
晴陽が功祐に軽くチョップを入れると、功祐は「すまん」と謝った。
「大丈夫です…」と俺は小さな声で応える。
「月島…じゃあ、ツッキーって呼んでいい?」
突然のニックネームに戸惑いながらも、功祐が右手で俺の肩に手を置いた。
「あ、はい」
え? ツッキー…?
「休憩終わり!」
「じゃあ、月くん。俺たち練習戻るから、ゆっくりしていってね」
晴陽が去り際に俺に声をかける。
ん? 月くん…?
「あ、ありがとうございます」
初めて呼ばれたあだ名に衝撃を受けながらも、なぜか嫌な気分じゃなかった。
晴陽の好意で二回の観客席から写真を撮っていると、隣に誰かが立つ気配を感じる。視線を横に向けると、女子生徒が一人、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ている。おそらくマネージャーだろう。ポニーテールにまとめた髪が揺れ、可愛らしいリスのような顔立ちをしている。小柄で、明るく快活な笑顔が印象的だ。彼女の顔を見て、どこかで見たような気もするが、名前が思い出せない。焦るように記憶を辿っていると、彼女がすぐに気づき、口を開く。
「同じクラスの牧田しずく」
「あ、す、すみません。名前覚えるの苦手で…」
「まだクラス替えして一週間しか経っていないんだから、仕方ないよ。」
しずくの優しい言葉に、由真は心の中でホッと息をつく。頭を軽く下げる。クラス替えなんて毎年あるんだし、クラスの陰に潜む僕にとっては、覚えても無駄だと思っていた。去年も、忘れられていることが多々あったし…でも、僕の名前を覚えてくれている人がいるのだと思うと、嬉しかった。だから、今年はクラスの人の名前頑張って覚えようと思った。
「勝手にお邪魔してすみません。」
「いいよ! それより、いい写真撮れた?」
その言葉に、由真はカメラの画面を確認しながら頷く。
「おぉ、上手じゃん。さすが写真部。」
たまたま視界に入った写真を見て、しずくは目を見開き、褒める。
「ありがとうございます。でも、スポーツしてる人の写真撮るの、ほぼ初めてで…」
「でも、すごく上手だと思うよ。」
しずくの言葉に、由真は少し恥ずかしくなりながらも、胸の中に温かい感情が広がる。そんな中、しずくがふと思いついたように、軽い口調で言った。
「良いこと思いついた。このバスケ部の専属カメラマンやってみない? 試合の写真を撮って、選手たちのアピールを手助けする感じでさ。広報みたいな役割って言うのかな。バスケ部のSNSとかの写真、私たちマネージャーがスマホで撮ったりしているんだけど、何かあまりいい写真撮れなくて」
「あと、カレンダーとかブロマイドを作ってさ。遠征や合宿の費用もかかるし、バスケしてる男子って、実際モテるから学校外にもファンが多いんだよ。学祭のミスターコンでも、毎年バスケ部のメンバーがランクインするくらいだし。結構需要あるんだよ」
しずくの声は明るく、冗談めかしているようだが、その目は真剣だった。由真は一瞬返事に迷い、カメラを握りしめた。
「考えておきます。」
「もちろん無理はしないで。写真部の活動もあるだろうし、そっちを優先していいから。」
しずくの言葉に、由真は軽く笑みを返すが、心の中では少し動揺していた。
「はい」
しずくは二階から、晴陽に視線を送る。その視線に由真は気づき、ボールをパスした後、微かに微笑む。そんな二人の様子が横から見えてしまう。もしかして、これがいわゆる、恋? というものなのかと思い、目線を戻し、カメラを構えて二人の間を邪魔しないようにする。しずくは、そんな由真と晴陽を交互に眺める。
「月くん、本当にすごい写真撮るんだから。きっとバスケ部の皆も喜ぶよ。じゃあ、頑張って」
そう言葉を残すと、マネージャーとしての仕事をしに、1階へと降りていった。
その言葉には、密かな応援の響きが込められていたが、由真はまだその意図を汲み取ることができない。
ただ、しずくの明るい笑顔と温かい言葉に思わず顔が綻んでしまった。