一試合目は、勝利で終わった。
「月くん、ナイスパスだったよ!」
「二人っきりの練習の成果が出たんじゃない?」
 しずくは、由真と晴陽に視線を向けて言う。
「何それ? 初耳なんですけど」
 功祐は目を丸くし、しずくに取っかかる。その様子を見て、由真は思わず笑みをこぼす。二人、本当に仲が良いな…と、微笑ましい気持ちになる。
「二試合目も頑張ろうな」
「うん」
 一試合目が終わり、次の試合まで少し時間があったので、由真たちは他のクラスメイトたちの応援に回ることにした。晴陽、功祐、しずくと一緒に、様々な競技に出ているクラスメイトを応援し、気持ちを整える。

「先輩、僕たちが勝てば、この前のこと…うちの月島に謝ってください」
 晴陽は宮元と柴田に向かって毅然とした態度で言い放った。由真のためにと、気持ちが昂る。功祐は、それに気づいて慌てて晴陽を追いかける。
「分かった。じゃあ、俺たちが勝ったら、晴陽、土下座しろ」
 宮元は不敵な笑みを浮かべる。
「いいね。晴陽の土下座面白そうだな」
 柴田も冷ややかな声で加わる。
「晴陽…」
 功祐は顔をこわばらせ、口元を硬く結んだ。まるで雷が目の前に落ちたかのような衝撃を受けた。
「分かりました。負けたら土下座します」
 晴陽は宮元に向かって強い口調で、啖呵を切った。
 二人の間に火花が散るような緊張感が走った。その空気を纏ったまま、晴陽は自分たちのチームの元へと戻る。

「晴陽、もしそうなったとき、俺も土下座するから」
 功祐は、晴陽の耳元で静かに伝え、目線を床に落とす。
「これは俺が買った喧嘩だから。功祐は、何もしなくていい」
「いや、そう言うわけには行かない。俺もこの前のことは、許せないから。俺たちのツッキーをよくもあんなことに」
 功祐は静かに右拳を握りしめる。
「分かった。でも、俺たちは…」
「絶対に負けない」 
 晴陽と功祐の声が重なる。

「これから、2年2組と3年2組の試合を始めたいと思います」
 審判のホイッスルが響き、体育館全体に「よろしくお願いします!」と声がこだました。「月島くんだったかな…よろしくねーー」
 宮元は、冷たい笑みを浮かべながら由真に向かって声をかける。右に首を傾け、その目には挑発的な色が滲んでいた。この人、今まで出会ってきた人の中で、一位二位を争うぐらい苦手だ。早くこの場から、逃げたいのに、金縛りにかかったかのように思うように体が動かせない。動けと念じていると、誰かの背中が視界に入る。橘くん…。
 気づいた晴陽はすぐさま由真の前に立ち、宮元を睨み返す。
「月くん、頑張ろうな」
 晴陽は由真に声をかけると、すぐティップオフの定位置に着く。
 

 第一セットは、21対18で、3年2組に取られてしまった。
「土下座、楽しみだわ」
 すれ違いざま、ふんと鼻を鳴らし、背筋が凍るような声で晴陽の耳元で囁く。
「まだ、これからだ」
 晴陽は拳を強く握りしめ、宮元の言葉に応えず、唇を噛みしめ、水分補給をしに向かった。

 第二セットが始まると、晴陽のリーダーシップが光り、功祐や由真も息を合わせたプレーを見せる。晴陽はドリブルで華麗に相手をかわし、功祐がシュートを決める。由真も冷静にパスをつなぎ、守備でも所々活躍を見せていた。途中、宮元と柴田が足を引っ掛けてきたり、手を当ててきて、わざとちょっかいをきてきたりしてきたが、屈することなく耐えた。
 そして、最終セット。スコアは17対19。
「この一球で決めるぞ!」
 晴陽は汗を拭いながら由真と功祐に声をかけ、最後のプレーに集中する。
 試合時間が残り数秒。功祐が見事なパスを晴陽に送り、晴陽がそのパスを受け取って一気にシュートを放つ。
「決まった…!」
 歓声が体育館に響き渡り、2年2組が第二セットを取った。
「やったな、月くん!」
 晴陽は由真の肩を叩き、幸助も笑顔で駆け寄る。雫も嬉しそうに手を振っている。

 第三セットが始まった瞬間から、空気が一変した。両チームともに疲労が見え始めているが、ここからが勝負だという緊張感が漂っていた。スコアは再び互角で、どちらがこのセットを制するかで、試合の結果が決まる。
「次で決めるぞ!」
 晴陽がクラスメイトたちに声をかけ、コート中央に立つ。由真もその決意に答えるように頷き、心臓がドクドクと早鐘を打つのを感じた。

 晴陽がボールを取り、素早くドリブルで前進する。相手チームの宮元と柴田が激しくマークにつくが、晴陽は冷静に判断し、功祐にパス。功祐が巧みにディフェンスをかわし、絶妙なパスを由真に送った。
 由真は一瞬の隙をついて、そのままシュートを狙ったが、柴田がブロックに入る。
「くっ…」
 一度は止められるが、すぐに反応し、リバウンドを取り直す。ボールをしっかりと掴んだ瞬間、コート全体が静まり返るような感覚が走る。

 由真は一呼吸置き、晴陽へパスを送った。
「橘くん!」
 その声と同時に、晴陽がボールを受け取り、間髪入れずにジャンプショットを放つ。
「いけ!」
 クラスメイトたちの視線がボールに集中する。弧を描いたスリーポイントシュートがバスケットに吸い込まれるように決まる。
「ナイスショット!」
 歓声が上がり、スコアはついに20対18、2年2組がリードを奪った。

 だが、試合はまだ終わっていない。宮元が苛立ちを隠せない表情でボールを手にすると、怒りに任せて突進してくる。3年2組は、彼を中心に猛攻を仕掛け、攻撃の手を緩めない。
「来るぞ!」
 功祐が警戒の声を上げ、晴陽と由真はすぐに守備体勢に入る。しかし、宮元は強引なドリブルで晴陽を突破し、シュートを狙ってきた。だが、その瞬間、功祐が間一髪でブロックに入り、ボールを跳ね返す。
「ナイスブロック!」
 すぐさま晴陽がリバウンドを取り、全力で相手ゴールへ向かう。由真も全速力で駆け上がり、ついていく。すると、由真は晴陽と目が合う。
「ラストだ、由真!」
 晴陽が叫びながらボールをパスする。由真はそのパスを受け取り、ためらわずにシュートを放った。絶対に外すわけにはいかない。お願い、入って。
 ゴールに向かって放たれたボールは、緊張感の中でゆっくりと回転しながら空中を飛び、ついにリングに吸い込まれた。
「決まった…!」
 えっ⁉ 入った…! 本当? 頬をつねって、現実か確かめる。現実だ。嬉しさが徐々に体内を巡っていく。
 コート全体が歓声に包まれ、2年2組の勝利が確定した瞬間だった。
「やったな、月くん!」
 晴陽が由真の肩を叩き、功祐も笑顔で駆け寄る。しずくも喜びの表情を浮かべ、みんなが勝利の達成感に浸る中、由真もその瞬間の感動に包まれていた。

「2対1で、2年2組の勝利です」
「ありがとうございました」
「先輩、約束しましたよね」
 晴陽が宮元に近づいて行く。
 約束? 何のことだろうと由真は、瞬きを繰り返し、晴陽を見上げる。
「え、何を?」
 首を傾げ、約束を砂で隠し、その上に平気で立つ宮元を見て、呆れて、乾いた笑いが3つほどこみ上げてくる。
「しらばっくれるつもりですか」
「そうですよ。俺もあの場にいたんで」
「なぁ、柴田ぁ、何か俺、こいつらに約束したっけ」
「忘れちゃったなぁ」
「まぁ、謝らないのなら、こちらにも考えがありますので」
「じゃあ、失礼します」
 先輩、せっかく月くんに謝るチャンスあげたのに、無駄にするなんて。もう、後悔した時は、遅いですから。
 晴陽は、振り返り、高らかに笑っている宮元を見て、白眼視した。

「何なのあいつら」
 功祐が唾を吐くかのように言葉を吐き捨てる。
「晴陽、考えがあるって言っていたけど」
 しずくが、後ろにいる晴陽に聞く。
「まぁ、後でのお楽しみ」
 まるで、堀った落とし穴にまんまとはまるだろうという顔をする晴陽に、皆、目をまるくする、
「月くん、怖い思いさせてごめんな。俺に任せといて」
 晴陽が心配そうな目で見つめ、肩に手を置く。試合を密かに見ていたBチームの漣が、晴陽、由真、功祐、しずくの元に走ってくる。
「皆お疲れ! ツッキー、最後、ナイスシュートだったよ」
「ありがとう!」
「よし、ごはん食べに戻ろう!」
 功祐が手をパンっ! と叩く。
「うん」「お腹空いたな」
 皆、賛成する。
「そうだ! 甚さんから、アイスの差し入れ貰ったんだ! 部室の冷凍庫に入れているから、後で食べよ!」
 しずくが思い出したかのように言う。甚さん、おじいちゃんと友達なの驚いたな。おじいちゃんに今度会ったら、甚さんのこと聞こう。
「おぉ、やったー」
「もちろん、月くんの分もあるよ」
 由真は、やったーと心の中で唱え、小さくガッツポーズをする。
 そんな様子を、しずくと、そして、晴陽が密かに見ていた。そして、同じく「可愛いな、おい」と思っていた。