「橘くん。お願いがあるんだけど」
 由真の声は少し緊張を含んでいたが、はっきりとした決意が込められていた。
 晴陽が顔を上げ、少し驚いた表情で由真を見つめる。
「びっくりしたよ。月くんに特訓に付き合って欲しいと言われると思っていなかったからさ」
 晴陽が微笑んで、バスケットボールを持ってドリブルの練習をしている由真の顔を覗き込みながら言う。
「足、ひっぱりたくなくて。この前も僕のせいで」
 由真は視線を下に向けながら、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「分かった。今日は貸しっきりにしたから。あの人たちは来ないから」
「昨日頼んで、急にそんなことって」
「ここの体育館の管理人さんと知り合いで、頼んだらOKしてくれた」
「そうなんだ」
 安心して練習出来る。二人だけの空間に少し、心臓が高鳴っている気がするが、動き始めたら、そんなこと気にする余裕なんてなくなる…だろう。
「じゃあ、特訓しようか!」
 総合体育館の静かな空間に、バスケットボールのドリブル音が響く。広いコートは2人だけの特別な練習場だ。晴陽がスムーズな動きでボールを操りながら、由真のほうに視線を向けた。
「まずは基本から。ボールを扱うときの一番大事なことはリラックスすること。力を入れすぎると、逆に動きが硬くなるから」
 晴陽は軽くボールを手のひらに転がし、スムーズにドリブルを続けながら説明する。
「こうやって、手首を柔らかく使って、ボールをしっかりコントロールするんだ。試してみて」
 由真は晴陽の真似をしながら、手首を柔らかく使ってドリブルをするが、まだぎこちない。だが、晴陽は穏やかに微笑んで、由真の練習にとことん付き合う。
「最初から上手くいく人ってそうはいない。でも、コツはちゃんとつかめるから、焦らずに頑張ろう。次はシュート。月くん、シュートのフォームは分かる?」
 晴陽は一瞬手を止め、由真に質問する。
「分からないです。教えてください」
 由真はボールを両手に持ちながら、ためらいがちに答える。
「正直でよろしい、まずはフォームをチェックしよう。肩幅に足を広げて、膝を少し曲げる。ボールは片手でしっかり持って、もう片方の手はサポートするだけ。あとはボールをリリースするタイミングだね。手首のスナップを意識して」
 晴陽は由真のそばに立ち、優しく指導をする。

 由真は言われた通りに姿勢を整え、シュートを放つ。ボールはゆっくりと弧を描いて、リングの手前で跳ね返ってしまった。
「惜しい!でも、今のいい感じだった。次は、もう少し膝の使い方に注意してみて。膝のバネを使うと、シュートがもっと自然に力強くなるから」
 晴陽は由真の動きを細かく見ながら、アドバイスを送る。

 その後、二人は休憩を挟みながら、シュートやドリブルの練習を続けた。由真は晴陽のアドバイスを受けながら、自信を着実につけていく。
「月くん、バスケってただ体力を使うだけじゃなくて、頭を使うスポーツなんだ。相手の動きを予測して、自分の動きを考えることが大事。それに、楽しむことも忘れないで」
 晴陽はボールを転がしながら、リラックスした表情で由真に語りかける。
「楽しむ…そうだね。ありがとう、橘くん」
 由真は晴陽に感謝の気持ちを込めて笑顔を見せた。