今日は休日。少しぐらい起きる時間が遅くなってもいいのに、まったく寝れなかった。廉介は寝返りを打ち、仰向けになり天井を見つめていた。
 心配と緊張が俺を眠らせてくれなかった。突然、トントンとドアをノックする音が聞こえる。体がビクッと反応し、収縮したかのようになる。まさか何かやらかしたのかと思い、恐る恐る立ち上がり、ドアの方へ足を進める。すると、ドアを開ける前に、ドアが開いた。 
 その衝撃で収縮したからだが元に戻った。
「失礼します。先生は朝ご飯食べる人ですか?」
 開口一番で言われた優月の言葉に、目が点になる。
「は、はい」
 廉介は、ゆっくりと頷く。
「ちょっと待っててください」
 彼女の足音が遠ざかるのを聞きながら、深呼吸をする。廉介はベッドの布団をさっと整え、着替えようとシャツに手をかけると、再びノックの音が耳に入ってくる。
「はい」
「失礼します。あの良かったら、作ったんで食べてください」
 優月はお盆を手にしており、廉介の前に突き出す。その上にはホットサンド、サラダ、コンソメスープ、オレンジ、そしてアイスコーヒーが載っている。まるで喫茶店の朝食のような見た目に、廉介は目を瞠( みは )った。
「ありがとうございます」
 廉介はお盆を受け取り、机の上に置いた。
 ホットサンドの香ばしい香りが広がり、サラダの新鮮な色合いが目を引く。コンソメスープは湯気を立てており、温かさを感じさせる。オレンジは食べやすいように皮に切り込みがなされており、アイスコーヒーはターコイズ色の透明なグラスに注がれていた。
「いただきます」
 最初にホットサンドを一口かじる。サクッという音が響く。美味しい。中のチーズがとろけ、ハムとパンのバランスが絶妙だ。サラダのシャキシャキ感、コンソメスープの優しい味わい、そしてアイスコーヒーの爽やかな苦み。どれも満足感いっぱいであった。


 台所に食器を持っていくと、すでに優月が洗い物を始めていた。皿やコップをスポンジで擦るキュッキュッという音が軽快なリズムで奏でられている。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。ちゃんとした朝ご飯食べるの久しぶりだったから……嬉しかった…です」
 いつもは、コンビニで買ったおにぎりやパンで済ませていたから、こんなにも心が温かくなる朝ご飯は久しぶりだった。
「もらいます」
「ありがとうございます」
 廉介は申し訳ない気持ちを抱きながらも、優月にお盆を渡す。
「あの、ためぐちでいいですよ」
 お皿を泡の風呂につけると手を止める。そして、優月は少し口角を緩めながら、廉介の目を見て言う。
「えっ」
 廉介は目を丸くする。
「私の方が年下なので」
 いや、それはそうだけど…。嶋田さんの眼圧に負けて折れる。
「うん、分かった」
 廉介がかぶりを振ると、優月もさらに嬉しそうに頬を緩める。
「今日昼ご飯どうしますか? 食べたいものありますか?」
 優月が唐突に尋ねた。廉介は一瞬戸惑ったが、すぐに考えを巡らせた。
 ここは素直に食べたいものを言ってもいいのだろうか。でも、もし自分の食べたいものが、嶋田さんにとってそうでもないものだったらと心配になる。
「嶋田さん、何食べたいで…昼ご飯、何食べたい?」
 優月の瞳がまっすぐ廉介に注がれている。廉介はその視線を受け、いつの間にか心拍数が上がっていた。
 俺の意見より、この子の意見を優先しなきゃ。俺は、特に苦手な物はないし、難しいものを言って困惑させることはしたくなかった。
「じゃあ……」