翌日、守に迎えに来てもらい、荷物を運び終わった。引っ越しといっても、世間が想像する段ボール何十個というレベルではなく、あっという間に終わった。梨乃は安定期に入っているが妊婦なので新居で留守番をしている。
二階に上がる階段は店内の奥にあり、木材でしっかりとした造りで、手すりが取り付けられているが、階段が急なのと段差の数で妊婦や小さい子供にとっては上り下りするのが大変な印象を見受けられた。だから、守は将来のことを見据えて新居を建てたのだと納得した。階段を上がると、居住スペースが広がり、リビングルーム、キッチン、バスルーム、そして洋室が二部屋あった。リビングルームは広々としており、大きな窓からは街の景色が一望できる。家具はシンプルで実用的で、温かみのあるデザインで統一されていた。キッチンはコンパクトながらも必要な設備が揃い、料理をするのに十分なスペースが確保されている。
急な階段を重たいスーツケースを持って運ぶのにはかなりの労力を要した。廉介は背伸びをして、疲れた手と体中の筋肉を労わっていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。車を駐車場に入れに行った守が戻ってきたのかと思い、声をかける。
「守?」
返答はない。声をもう一段階大きくして再度呼びかけるが、それでも返答はない。なぜだろうと少し怖くなり振り返ると、そこには女子高校生が首を傾げて立っていた。え、何で⁉ もしかして、守が言っていた子? 大学生じゃなくて、女子高校生? う、え? ままま、待って、この子見覚えあるぞ……
「優月ちゃん、もう帰って来たんだ。お帰り」
守が階段を登ってきた。
「ただいま。守くん」
「おぉ、廉介。荷物運び終わったか」
部屋を見渡しながら言う。
「あぁ、まさか、この子が」
昨日、守が言っていた同居人、まさか。
「おぉ。嶋田優月ちゃん、青藍高校三年生」
知っている。この紹介、文章で見たばかりだ。
廉介は言葉が出てこないほどに戸惑いの表情を見せている。優月も瞬きをして、口が開いたままの状態だ。
「まさか、知っている?」
守は廉介と優月の顔を三往復ぐらいする。さすがに首を動かしすぎたせいか、守は首に手を当てて労わる。
「塾の先生」
優月がゆっくりと呟く。しかし、まるで石造のように体が固まったままである。
「優月ちゃん、嫌だったら、俺たちと一緒に住んでいいよ。部屋余っているし」
守が優月に助け舟を出す。
「ちょっ…」
守の同情に、ツッコミを入れそうになる廉介だが、冷静に考えてみたら、こんなおじさんと一緒に住むの嫌だろうと廉介は優月に同情してしまう。
「うん、考えとく」
廉介に会釈をして、優月は部屋に入る。
守と梨乃が三年前にオープンした居酒屋花火は、ノンスタルジックな雰囲気を感じられる外装と内装が特徴的だ。外壁は親しみやすい深い茶色。入口の木製の看板には、筆で書いたかのように「居酒屋花火」と言う文字が力強く刻まれ、営業時間に赤・黄色・オレンジ・緑・青とその日によって違う色で看板を照らす。木製の引き戸を開けると、開けると優しい風鈴の音が鳴り響き、来る人を温かく迎える。店内に入ると、木の温もりを感じる落ち着いた雰囲気が広がる。カウンター席は十席ほどあり、磨き込まれたカウンターは木目が美しく輝いている。奥にはテーブル席や小上がりの座敷があり、グループで訪れてもゆったりと過ごせるスペースが広がっている。壁には、地元のアーティストによる花火の大きな絵が飾られ、店名にちなんだデザインが施されている。天井からは、昔ながらの提灯や和風の照明が吊るされ、柔らかな光が店内を包み込む。温かさと懐かしさを感じさせる雰囲気で、訪れる人々にとって居心地の良い空間になること間違いなしだ。
お店を手伝いに、梨乃がやって来た。廉介は、カウンター席に座り、ジョッキ片手に守と梨乃と話していた。
「まさか、優月ちゃんと廉介が知り合いだったとはね」
守は、だし巻き卵を巻きながら、廉介に視線を向ける。
「でも、会ってから、そんな日にち経っていないよ。だって先週、会ったばかりだからさ」
廉介はビールを、酸素を取り入れるかのようにゴクゴクと飲みながら言う。ジョッキを置き、少し気まずそうに視線を逸らした。
「今の塾で働き始めて何年経つん?」
守が、できただし巻き卵を皿に載せ、大学生のバイトの男の子に「お願い」と言って渡す。
「四年ぐらい」
廉介は空になったグラスを置き、感慨深そうにため息まじりに言う。
「優月は、あの塾中三から入っているから、たぶんどこかですれ違っていたのではないかな…」
グラスを布巾で拭きながら、梨乃は言う。
「今働いている塾は規模がでかいし、俺は、集団塾で普段教鞭取っていて、個別指導部門を担当していなくて…でも、人手不足で、嶋田さんの担当の先生が産休を取られたので、その先生の代わりに嶋田さんの授業を担当することになったんです」
「そうなんだ。優月はずっと個別指導だから、出会うことなかったんだね」
梨乃は食器を拭きつつ、ジョッキを見つめている廉介を見る。
「はい」
廉介は短く答えた。
「廉介くん、大丈夫?」
梨乃が心配そうな表情を向ける。
正直言うと、大丈夫ではない。今日から、一つ屋根の下、高校生の女の子、しかも、最近教え子になったばかりのこと一緒に暮らすなんて、神経張りっぱなしで、家に帰っても休まる心地しない。
答えに渋っている様子の廉介を見て、梨乃はある提案をする。
「あれだったら、優月か廉介君のどちらかが私たちと一緒に暮らす?」
梨乃さんの提案は嬉しかったが、妊婦で大変なのに、迷惑をかけるなんてことしたくなかった。
「それだと……」
廉介は申し訳なさそうな表情を浮かる。
「まぁ、取りあえずお試しで一緒に住んでみたら」
守が横やりを入れる。引っ越してきたばかりなのに、また引っ越し場所を探さないといけなくなると、また労力を費やさなければならない。
「廉介くん。分かった。取りあえず一週間、一緒に住んでみて、それから考えてみたらどう? もし、手出したら、げんこつお見舞いさせる」
梨乃がいたずらな笑みを浮かべる。廉介はその言葉に困惑し、恐れを抱き震えつつも「分かりました」と返事をした。
グラスを手にし、残っていたビールを飲み干す。大丈夫か、未成年、しかも女子高校生と暮らすの何て初めてだから、不安と緊張が心の中で渦巻いている。
ご飯を食べ終わり、二階に上がると、廉介はお風呂上がりパジャマを着た優月と出くわす。目が合うがすぐさま優月に逸らされる。
「今日からお世話になります」
廉介は頭を深々と下げる。優月は一瞬、戸惑ったような表情を見せた後、かすかに頷いた。
「あ、はい」
「部屋に入ったり、近づいたりしないので、安心……してください」
優月の不安や戸惑いを取り除こうと、廉介は必死に言葉を選ぶが、逆にぎこちなくなってしまった。
「わ、分かりました」
異性と暮らすのは初めてではないのに、なぜだか緊張する。それは、未成年だからに決まっているじゃないか。まぁ、取りあえず一週間。ダメだったら、また新しい場所探そう。
でも、この子と塾でも会うんだよな。あまり気まずいままでいるとここでも塾でも支障が出てしまう。今のままだと、距離が遠すぎる。まだ出会って、二日しか経っていないが……。ちょうどいい距離感を保たないと。
二階に上がる階段は店内の奥にあり、木材でしっかりとした造りで、手すりが取り付けられているが、階段が急なのと段差の数で妊婦や小さい子供にとっては上り下りするのが大変な印象を見受けられた。だから、守は将来のことを見据えて新居を建てたのだと納得した。階段を上がると、居住スペースが広がり、リビングルーム、キッチン、バスルーム、そして洋室が二部屋あった。リビングルームは広々としており、大きな窓からは街の景色が一望できる。家具はシンプルで実用的で、温かみのあるデザインで統一されていた。キッチンはコンパクトながらも必要な設備が揃い、料理をするのに十分なスペースが確保されている。
急な階段を重たいスーツケースを持って運ぶのにはかなりの労力を要した。廉介は背伸びをして、疲れた手と体中の筋肉を労わっていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。車を駐車場に入れに行った守が戻ってきたのかと思い、声をかける。
「守?」
返答はない。声をもう一段階大きくして再度呼びかけるが、それでも返答はない。なぜだろうと少し怖くなり振り返ると、そこには女子高校生が首を傾げて立っていた。え、何で⁉ もしかして、守が言っていた子? 大学生じゃなくて、女子高校生? う、え? ままま、待って、この子見覚えあるぞ……
「優月ちゃん、もう帰って来たんだ。お帰り」
守が階段を登ってきた。
「ただいま。守くん」
「おぉ、廉介。荷物運び終わったか」
部屋を見渡しながら言う。
「あぁ、まさか、この子が」
昨日、守が言っていた同居人、まさか。
「おぉ。嶋田優月ちゃん、青藍高校三年生」
知っている。この紹介、文章で見たばかりだ。
廉介は言葉が出てこないほどに戸惑いの表情を見せている。優月も瞬きをして、口が開いたままの状態だ。
「まさか、知っている?」
守は廉介と優月の顔を三往復ぐらいする。さすがに首を動かしすぎたせいか、守は首に手を当てて労わる。
「塾の先生」
優月がゆっくりと呟く。しかし、まるで石造のように体が固まったままである。
「優月ちゃん、嫌だったら、俺たちと一緒に住んでいいよ。部屋余っているし」
守が優月に助け舟を出す。
「ちょっ…」
守の同情に、ツッコミを入れそうになる廉介だが、冷静に考えてみたら、こんなおじさんと一緒に住むの嫌だろうと廉介は優月に同情してしまう。
「うん、考えとく」
廉介に会釈をして、優月は部屋に入る。
守と梨乃が三年前にオープンした居酒屋花火は、ノンスタルジックな雰囲気を感じられる外装と内装が特徴的だ。外壁は親しみやすい深い茶色。入口の木製の看板には、筆で書いたかのように「居酒屋花火」と言う文字が力強く刻まれ、営業時間に赤・黄色・オレンジ・緑・青とその日によって違う色で看板を照らす。木製の引き戸を開けると、開けると優しい風鈴の音が鳴り響き、来る人を温かく迎える。店内に入ると、木の温もりを感じる落ち着いた雰囲気が広がる。カウンター席は十席ほどあり、磨き込まれたカウンターは木目が美しく輝いている。奥にはテーブル席や小上がりの座敷があり、グループで訪れてもゆったりと過ごせるスペースが広がっている。壁には、地元のアーティストによる花火の大きな絵が飾られ、店名にちなんだデザインが施されている。天井からは、昔ながらの提灯や和風の照明が吊るされ、柔らかな光が店内を包み込む。温かさと懐かしさを感じさせる雰囲気で、訪れる人々にとって居心地の良い空間になること間違いなしだ。
お店を手伝いに、梨乃がやって来た。廉介は、カウンター席に座り、ジョッキ片手に守と梨乃と話していた。
「まさか、優月ちゃんと廉介が知り合いだったとはね」
守は、だし巻き卵を巻きながら、廉介に視線を向ける。
「でも、会ってから、そんな日にち経っていないよ。だって先週、会ったばかりだからさ」
廉介はビールを、酸素を取り入れるかのようにゴクゴクと飲みながら言う。ジョッキを置き、少し気まずそうに視線を逸らした。
「今の塾で働き始めて何年経つん?」
守が、できただし巻き卵を皿に載せ、大学生のバイトの男の子に「お願い」と言って渡す。
「四年ぐらい」
廉介は空になったグラスを置き、感慨深そうにため息まじりに言う。
「優月は、あの塾中三から入っているから、たぶんどこかですれ違っていたのではないかな…」
グラスを布巾で拭きながら、梨乃は言う。
「今働いている塾は規模がでかいし、俺は、集団塾で普段教鞭取っていて、個別指導部門を担当していなくて…でも、人手不足で、嶋田さんの担当の先生が産休を取られたので、その先生の代わりに嶋田さんの授業を担当することになったんです」
「そうなんだ。優月はずっと個別指導だから、出会うことなかったんだね」
梨乃は食器を拭きつつ、ジョッキを見つめている廉介を見る。
「はい」
廉介は短く答えた。
「廉介くん、大丈夫?」
梨乃が心配そうな表情を向ける。
正直言うと、大丈夫ではない。今日から、一つ屋根の下、高校生の女の子、しかも、最近教え子になったばかりのこと一緒に暮らすなんて、神経張りっぱなしで、家に帰っても休まる心地しない。
答えに渋っている様子の廉介を見て、梨乃はある提案をする。
「あれだったら、優月か廉介君のどちらかが私たちと一緒に暮らす?」
梨乃さんの提案は嬉しかったが、妊婦で大変なのに、迷惑をかけるなんてことしたくなかった。
「それだと……」
廉介は申し訳なさそうな表情を浮かる。
「まぁ、取りあえずお試しで一緒に住んでみたら」
守が横やりを入れる。引っ越してきたばかりなのに、また引っ越し場所を探さないといけなくなると、また労力を費やさなければならない。
「廉介くん。分かった。取りあえず一週間、一緒に住んでみて、それから考えてみたらどう? もし、手出したら、げんこつお見舞いさせる」
梨乃がいたずらな笑みを浮かべる。廉介はその言葉に困惑し、恐れを抱き震えつつも「分かりました」と返事をした。
グラスを手にし、残っていたビールを飲み干す。大丈夫か、未成年、しかも女子高校生と暮らすの何て初めてだから、不安と緊張が心の中で渦巻いている。
ご飯を食べ終わり、二階に上がると、廉介はお風呂上がりパジャマを着た優月と出くわす。目が合うがすぐさま優月に逸らされる。
「今日からお世話になります」
廉介は頭を深々と下げる。優月は一瞬、戸惑ったような表情を見せた後、かすかに頷いた。
「あ、はい」
「部屋に入ったり、近づいたりしないので、安心……してください」
優月の不安や戸惑いを取り除こうと、廉介は必死に言葉を選ぶが、逆にぎこちなくなってしまった。
「わ、分かりました」
異性と暮らすのは初めてではないのに、なぜだか緊張する。それは、未成年だからに決まっているじゃないか。まぁ、取りあえず一週間。ダメだったら、また新しい場所探そう。
でも、この子と塾でも会うんだよな。あまり気まずいままでいるとここでも塾でも支障が出てしまう。今のままだと、距離が遠すぎる。まだ出会って、二日しか経っていないが……。ちょうどいい距離感を保たないと。