◆廉×優月
「優月ちゃんは、家族水入らずの時間過ごしている頃だね」
「あぁ。それにしても、いつになく繁盛しているな」
昼間からお店を開けている居酒屋花火で、飲んでいた。
「いつになくって失礼だなおい」
守は、ハリセンボンのように頬を膨らませて、廉介の右脇腹を左肘で突く。
「クリスマスだし、忘年会を開くお客さん多いからね」
◇汐里×悠都
「先生、満島先生!」
優月の誕生日会から帰ろうとしていた時に、悠都が背後から声をかける。
「どうしたの? 悠都くん」
「明日、先生、予定ありますか?」
「特にないけど…」
「それじゃあ…」
なぜ、塾開いていないんだ。昨日、午前中だけ塾開いているって先生言ってたから来たのに、開いていない。寒っ。外で待つの堪える。
「悠都くん。ごめん」
「先生!」
「月島先生が体調崩されたみたいで、塾で勉強は無理になった」
「そう…ですか」
汐里は、他の生徒が困らないようにボードに「12月25日は諸事情で塾開きません」と書いて、ドアノブにかける。
「どうしようか…せっかく、悠都くん来たんだし」
「先生の家はどうですか?」
「ひぇっ」
驚きのあまり変な声出てしまった。恥ずかしさが顔を赤らめてしまう。この無自覚男子高校生め。
「大丈夫ですか」
「私の家は狭いよ。散らかっているよ」
よし、これで行く気失せてしまうだろう。
「大丈夫です! 寒さが凌げる場所ならどこでもいいです」
な、なぬ…折れるどころ、むしろ嬉しそうにしているのはなぜだ。
「それなら、図書館とか」
これならどうだ。
「えーっ。図書館は話しながら出来ないじゃないですか」
んあっ…私の盾が砕け散ってしまった。ま、負けを認めるしかない。
「わ、分かったよ。私の家は狭いし、散らかっているから、期待とか…しないでよ」
「はーい」
「お邪魔します」
「どーぞ」
「全然散らかっていないですよ。一人暮らししている兄ちゃんの部屋より広いし、むしろ綺麗」
「あ、ありがとう。まぁ、適当に座って」
「ありがとうございます」
「悠都くん、何飲む?」
「何があるんですか?」
「コーヒー、ココア、ミルクティー」
「ミルクティー飲みたいです」
「了解!」
勉強に付き合っていると、汐里のお腹の音が勝手に鳴ってしまう。なぜ、人にお腹の音聞かれるのこんなに恥ずかしいんだろう。やめてくれと頼んでも、そんなことお構いなしになるお腹の音。よりによって、二人しかいない部屋。無理だ、誤魔化せない。
「お腹空きましたね」
「出前でも頼む?」
「出前だと高くついちゃうので…冷蔵庫の中見てもいいですか?」
「驚くほどに何もないですね。その代わりにお酒が…あと、これはケーキの箱ですか?」
「パティシエの友達がいて、昨日ケーキ貰ったんだ。ワンホール」
「そうなんですね。今日、お礼にごはん作らせてください」
「悠都くん、料理できるの?」
「はい。親が共働きなので、よく、自分で作ってました。外食やコンビニばっかりだとお金かかってしまうので」
「そ、そうなんだ」
「この近くにスーパーありましたよね。そこで、買い出ししてきてもいいですか?」
「美味しそう! すごいよ。悠都くん」
コーンとタマネギとベーコン、そして卵でとじられたスープ、ほうれん草、サーモン、コーン、しめじ、タマネギが入ったクリームパスタ、スーパーのパン屋コーナーで売っていたトースターで温めた明太フランスパン、サラダ…ごちそうだ。
「サラダと明太フランスパンは市販ですけど…」
「す、すごいよ。一時間もかからずに完成させてしまうなんて。手際の良さに惚れ惚れしたよ」
「早く食べましょう」
「いただきます」
悠都は、汐里が食べるのを伺っている。嬉しさを顔に滲ませているのを見て、心を撫でおろす。
「美味しい」
「良かったです」
「悠都くん、何時まで大丈夫?」
「五時までに帰ることが出来れば大丈夫です」
右肩が重い気がする。
「レオン、行かないで」
汐里は寝言を零す。
あっ、そうか。今日は、レオンの命日だ。君は、サンタさんにプレゼントを頼まず、その代わり、レオンの病気が治りますようにと手紙に書いてお願いしていたのを思い出した。
「行かないよ。これからも、側にいるから」
悠都は、左手で、汐里の頭を撫でて、あの日の記憶を思い出しながら、口元を緩めた。俺が亡くなってから、ちょうど一九年が経ったのか…ずいぶん大きくなってしまったけど、寝顔はまったく変わってないな。また、見れると思っていなかったから嬉しい。君の寝顔は見ていると、安堵で心が満たされる。でも、君が毎晩俺の前で泣くもんだから、このままいけば、一生分の涙を流すんじゃないか、こんな俺のために…と思った。それは嫌だった。涙は悲しい時にだけにあるもんじゃないから、嬉しい時にも流してほしい…だから、あの日、家族が揃ったクリスマスの日に目を閉じることにした。一人きりの時に閉じようかなと思ったけど、それだと君は自分を責めそうだから、その日を選んだ。ごめん…もう体がもたなかったんだ。病魔には抗えなかった。あんな昔のこと、とっくに忘れているもんだと思った。時間と共に、記憶は色褪せていく。透明になって見えなくなっても仕方ないのに、君は覚えてくれていた。
「ありがとう。汐里」
君の心の中で、レオンが生きていると知って
「三時のおやつ食べよ」
「じゃーん」
箱から、イチゴがたくさん乗ったタルトが出てくる。
「いいんですか。こんな美味しそうなケーキ頂いて」
「一人でワンホールはきついよ。しかも、これ四人分のサイズだし。だから、悠都くんも食べて」
「ありがとうございます」
「スプーンとフォークどっちがいいかな…」
「タルト生地なんで、フォークがいいと思います」
「OK!」
「切らないんですか?」
「ケーキを独り占めできるのが一人暮らしの醍醐味。このフォークでいっちゃって。それにワイルド食べ、一度したら、病みつきになる」
「あっ、はい」
切られたケーキしか目の当たりにしてこなかったから、心の中でワクワクが止まらない。ゴクッと喉を鳴らし、「いただきます」と言って、ケーキを口に運ぶ。
「うまっ。甘すぎなくてちょうどいいし、イチゴの酸味が良いアクセントになっている」
「でしょ。私も頂こうかな」
「やっぱり、奈子のスイーツは美味しいや」
「このケーキ作ったの奈子さんっていうんですね」
「奈子の働くケーキ屋、ものすごい人気なんだよ。何かのコンテストで賞取ったて言ってたな。とにかく、すごいんだからね」
「行ってみたいです」
「よし、受験が終わったら、一緒に行こう。そこのお店、イートインもやっているから」
「約束ですよ」
悠都が右手の小指を汐里の前に出す。
「約束」
汐里も左手の小指を出す。そして、悠都が絡ませていく。汐里の心臓の音が、まるで音階が上がるかのように高鳴る。
「ケーキ食べよ」
悠都は、残り半分となったケーキに視線を移す。
気のせい、これは誤作動だと胸に言い聞かせて、汐里もケーキを頬張る。甘い物をからだに入れている時って、心を無にできる。私にとっての座禅みたいなものだ。
悠都の人差し指が、汐里の右口角に触れる。そして、その人差し指を舐めて、相好を崩し、汐里の目を見つめる。
「カスタード付いてましたよ」
「えっ?」
汐里の目が点になり、状況を理解したのか顔が真っ赤に染まってしまう。そして、俯いて、染まってしまった頬を元通りにするため、俯いたまま手で顔を仰ぐ。
「うまっ」
こんなことされたら、心臓の鼓動が…誤作動よね。これは誤作動と再び言い聞かせて、ケーキを口に運び、体内に入れるが、鼓動が鳴り止むどころか、激しくなっている。この感情はいったい。
「もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
「そうですね」
「送るよ。駅まで」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。ご飯美味しかった」
「来年のクリスマスはどうなっているのかな」
「きっと、悠都くんは大切な誰かと暮らしているんじゃないのかな。私はボッチクリスマス」
自虐の笑みを添える。
「そうかもしれないですね」
グサッと心臓を抉られる。さすが、少女漫画に出てくるようなイケメンよ。大学に入ってからも青春を満喫するに間違いなし。
「あっという間に着いたね」
「あっ、一ついいですか。先生は、一人なんかじゃないですよ。きっと来年も、再来年も毎年楽しいクリスマスになりますよ。それでは」
「じゃあね…」
悠都は、頭を下げるとホームへ向かって歩いて行った。
えっ、どういうこと? 頭の中が? になる。悠都くん、未来予知者…んなぁわけない。きっと慰めの言葉をかけてくれたのだろう。
木を揺さぶって、葉の上に積もった雪を落とすかのように頭を振る。
◇廉介×優月
ユヅ、何時に帰って来るかな。家族水入らずの時間を過ごしているのだろう。もう二十二時か…遅いようなら、迎えに行った方がいいよな。夜道一人で歩いて帰らすのは…
「ただいま」
「おかえり!」
「大丈夫だった?」
「うん。タクシーで送ってもらった」
「それなら良かった」
「廉くん、お腹空いていない?」
「空いた」
「ケーキ買ってもらった。お母さんが廉くんと一緒に食べなって」
メロンのショートケーキ、フルーツタルト、チョコレートケーキ。
「美味しそうだな」
「一個だけ、半分こするのはどう? 残りの二つは明日食べるとして」
「そうしよ! 昨日も今日も美味しいもの食べすぎて」
「私も…罪悪感覚えている。でも、スイーツは別腹」
「ユヅ、どれにする?」
「メロンのショートケーキ」
「かなりの存在感だもんな」
「皿とフォーク持ってくる」
「ありがと」
「皿一つでもいい?」
「うん」
ケーキ用のお洒落な皿に、メロンのショートケーキをのせる。ステージでスポットライトを浴びているみたいな輝きを放っている。
「廉くんから、どうぞ」
「ありがと。じゃあ、いただきます」
「うまっ」
美味しさのあまり、眠気が吹き飛ぶ。
「じゃあ、私も。食べようかな」
フォークを手にし、口に運ぶ。
「おいしっ。さすが、一切れ二千五百円」
「えっええ。二千五百円?」
「うん」
値段を聞いてから、ケーキへの向き合い方が慎重になる。
「廉くん、もう少し食べなよ」
「おぉ」
無くなっていく二千五百円を見る度に、弱気になってしまう。俺らの学生時代の給料で換算すると、三時間分。
「美味しかった」とソファーに寄り掛かる廉介と優月の声と行動がシンクロする。
◆悠都×汐里
先生、一人で寂しい思いしたりしていないかなと、家でクリスマスパーティーを家族でしている悠都は、心配していた。自分があの子のクリスマスをトラウマにしてしまったのではないかと思い、心に暗い影を落とす。
今日、楽しかった。汐里は、こたつに入り、冷蔵庫から出した冷え冷えの缶チューハイを机に置き、積み上げられたみかんを眺めながら、今日のことを振り返っていた。なぜだか、レオンといた時と同じ温もりを感じた。いつもは、寂しさを抱えて過ごすのに、今日は大丈夫そうだ。悠都くんのおかげかな。悠都くん見ているとなぜだか、レオンを思い出すん。来年も悠都くんと一緒に過ごせたらな…
よし、チューハイ飲んで寝よ。明日から、また仕事だし。いつもは、レオンが亡くなった日のことを思い出して、喪失感で心の中が冷たくなっていたけれど、久しぶりに、レオンといた温もりを思い出すことが出来たから、その最高のクリスマスプレゼントを抱きながら、良い夢が見ることができそう、そんな気がする。レオン、どうしているかな…人間に生まれ変わっていないかな。会いたいな。会って、むぎゅーしたいな。
クリスマスが終わろうとしている夜、ケーキを分け合い、幸せな時間を分かち合っているものもいれば、それぞれの場所へと戻り、今日の出来事を振り返って思わず幸せな気持ちに浸るものもいた。来年は、どんなクリスマスを迎えることが出来るのだろうか。
「優月ちゃんは、家族水入らずの時間過ごしている頃だね」
「あぁ。それにしても、いつになく繁盛しているな」
昼間からお店を開けている居酒屋花火で、飲んでいた。
「いつになくって失礼だなおい」
守は、ハリセンボンのように頬を膨らませて、廉介の右脇腹を左肘で突く。
「クリスマスだし、忘年会を開くお客さん多いからね」
◇汐里×悠都
「先生、満島先生!」
優月の誕生日会から帰ろうとしていた時に、悠都が背後から声をかける。
「どうしたの? 悠都くん」
「明日、先生、予定ありますか?」
「特にないけど…」
「それじゃあ…」
なぜ、塾開いていないんだ。昨日、午前中だけ塾開いているって先生言ってたから来たのに、開いていない。寒っ。外で待つの堪える。
「悠都くん。ごめん」
「先生!」
「月島先生が体調崩されたみたいで、塾で勉強は無理になった」
「そう…ですか」
汐里は、他の生徒が困らないようにボードに「12月25日は諸事情で塾開きません」と書いて、ドアノブにかける。
「どうしようか…せっかく、悠都くん来たんだし」
「先生の家はどうですか?」
「ひぇっ」
驚きのあまり変な声出てしまった。恥ずかしさが顔を赤らめてしまう。この無自覚男子高校生め。
「大丈夫ですか」
「私の家は狭いよ。散らかっているよ」
よし、これで行く気失せてしまうだろう。
「大丈夫です! 寒さが凌げる場所ならどこでもいいです」
な、なぬ…折れるどころ、むしろ嬉しそうにしているのはなぜだ。
「それなら、図書館とか」
これならどうだ。
「えーっ。図書館は話しながら出来ないじゃないですか」
んあっ…私の盾が砕け散ってしまった。ま、負けを認めるしかない。
「わ、分かったよ。私の家は狭いし、散らかっているから、期待とか…しないでよ」
「はーい」
「お邪魔します」
「どーぞ」
「全然散らかっていないですよ。一人暮らししている兄ちゃんの部屋より広いし、むしろ綺麗」
「あ、ありがとう。まぁ、適当に座って」
「ありがとうございます」
「悠都くん、何飲む?」
「何があるんですか?」
「コーヒー、ココア、ミルクティー」
「ミルクティー飲みたいです」
「了解!」
勉強に付き合っていると、汐里のお腹の音が勝手に鳴ってしまう。なぜ、人にお腹の音聞かれるのこんなに恥ずかしいんだろう。やめてくれと頼んでも、そんなことお構いなしになるお腹の音。よりによって、二人しかいない部屋。無理だ、誤魔化せない。
「お腹空きましたね」
「出前でも頼む?」
「出前だと高くついちゃうので…冷蔵庫の中見てもいいですか?」
「驚くほどに何もないですね。その代わりにお酒が…あと、これはケーキの箱ですか?」
「パティシエの友達がいて、昨日ケーキ貰ったんだ。ワンホール」
「そうなんですね。今日、お礼にごはん作らせてください」
「悠都くん、料理できるの?」
「はい。親が共働きなので、よく、自分で作ってました。外食やコンビニばっかりだとお金かかってしまうので」
「そ、そうなんだ」
「この近くにスーパーありましたよね。そこで、買い出ししてきてもいいですか?」
「美味しそう! すごいよ。悠都くん」
コーンとタマネギとベーコン、そして卵でとじられたスープ、ほうれん草、サーモン、コーン、しめじ、タマネギが入ったクリームパスタ、スーパーのパン屋コーナーで売っていたトースターで温めた明太フランスパン、サラダ…ごちそうだ。
「サラダと明太フランスパンは市販ですけど…」
「す、すごいよ。一時間もかからずに完成させてしまうなんて。手際の良さに惚れ惚れしたよ」
「早く食べましょう」
「いただきます」
悠都は、汐里が食べるのを伺っている。嬉しさを顔に滲ませているのを見て、心を撫でおろす。
「美味しい」
「良かったです」
「悠都くん、何時まで大丈夫?」
「五時までに帰ることが出来れば大丈夫です」
右肩が重い気がする。
「レオン、行かないで」
汐里は寝言を零す。
あっ、そうか。今日は、レオンの命日だ。君は、サンタさんにプレゼントを頼まず、その代わり、レオンの病気が治りますようにと手紙に書いてお願いしていたのを思い出した。
「行かないよ。これからも、側にいるから」
悠都は、左手で、汐里の頭を撫でて、あの日の記憶を思い出しながら、口元を緩めた。俺が亡くなってから、ちょうど一九年が経ったのか…ずいぶん大きくなってしまったけど、寝顔はまったく変わってないな。また、見れると思っていなかったから嬉しい。君の寝顔は見ていると、安堵で心が満たされる。でも、君が毎晩俺の前で泣くもんだから、このままいけば、一生分の涙を流すんじゃないか、こんな俺のために…と思った。それは嫌だった。涙は悲しい時にだけにあるもんじゃないから、嬉しい時にも流してほしい…だから、あの日、家族が揃ったクリスマスの日に目を閉じることにした。一人きりの時に閉じようかなと思ったけど、それだと君は自分を責めそうだから、その日を選んだ。ごめん…もう体がもたなかったんだ。病魔には抗えなかった。あんな昔のこと、とっくに忘れているもんだと思った。時間と共に、記憶は色褪せていく。透明になって見えなくなっても仕方ないのに、君は覚えてくれていた。
「ありがとう。汐里」
君の心の中で、レオンが生きていると知って
「三時のおやつ食べよ」
「じゃーん」
箱から、イチゴがたくさん乗ったタルトが出てくる。
「いいんですか。こんな美味しそうなケーキ頂いて」
「一人でワンホールはきついよ。しかも、これ四人分のサイズだし。だから、悠都くんも食べて」
「ありがとうございます」
「スプーンとフォークどっちがいいかな…」
「タルト生地なんで、フォークがいいと思います」
「OK!」
「切らないんですか?」
「ケーキを独り占めできるのが一人暮らしの醍醐味。このフォークでいっちゃって。それにワイルド食べ、一度したら、病みつきになる」
「あっ、はい」
切られたケーキしか目の当たりにしてこなかったから、心の中でワクワクが止まらない。ゴクッと喉を鳴らし、「いただきます」と言って、ケーキを口に運ぶ。
「うまっ。甘すぎなくてちょうどいいし、イチゴの酸味が良いアクセントになっている」
「でしょ。私も頂こうかな」
「やっぱり、奈子のスイーツは美味しいや」
「このケーキ作ったの奈子さんっていうんですね」
「奈子の働くケーキ屋、ものすごい人気なんだよ。何かのコンテストで賞取ったて言ってたな。とにかく、すごいんだからね」
「行ってみたいです」
「よし、受験が終わったら、一緒に行こう。そこのお店、イートインもやっているから」
「約束ですよ」
悠都が右手の小指を汐里の前に出す。
「約束」
汐里も左手の小指を出す。そして、悠都が絡ませていく。汐里の心臓の音が、まるで音階が上がるかのように高鳴る。
「ケーキ食べよ」
悠都は、残り半分となったケーキに視線を移す。
気のせい、これは誤作動だと胸に言い聞かせて、汐里もケーキを頬張る。甘い物をからだに入れている時って、心を無にできる。私にとっての座禅みたいなものだ。
悠都の人差し指が、汐里の右口角に触れる。そして、その人差し指を舐めて、相好を崩し、汐里の目を見つめる。
「カスタード付いてましたよ」
「えっ?」
汐里の目が点になり、状況を理解したのか顔が真っ赤に染まってしまう。そして、俯いて、染まってしまった頬を元通りにするため、俯いたまま手で顔を仰ぐ。
「うまっ」
こんなことされたら、心臓の鼓動が…誤作動よね。これは誤作動と再び言い聞かせて、ケーキを口に運び、体内に入れるが、鼓動が鳴り止むどころか、激しくなっている。この感情はいったい。
「もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
「そうですね」
「送るよ。駅まで」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。ご飯美味しかった」
「来年のクリスマスはどうなっているのかな」
「きっと、悠都くんは大切な誰かと暮らしているんじゃないのかな。私はボッチクリスマス」
自虐の笑みを添える。
「そうかもしれないですね」
グサッと心臓を抉られる。さすが、少女漫画に出てくるようなイケメンよ。大学に入ってからも青春を満喫するに間違いなし。
「あっという間に着いたね」
「あっ、一ついいですか。先生は、一人なんかじゃないですよ。きっと来年も、再来年も毎年楽しいクリスマスになりますよ。それでは」
「じゃあね…」
悠都は、頭を下げるとホームへ向かって歩いて行った。
えっ、どういうこと? 頭の中が? になる。悠都くん、未来予知者…んなぁわけない。きっと慰めの言葉をかけてくれたのだろう。
木を揺さぶって、葉の上に積もった雪を落とすかのように頭を振る。
◇廉介×優月
ユヅ、何時に帰って来るかな。家族水入らずの時間を過ごしているのだろう。もう二十二時か…遅いようなら、迎えに行った方がいいよな。夜道一人で歩いて帰らすのは…
「ただいま」
「おかえり!」
「大丈夫だった?」
「うん。タクシーで送ってもらった」
「それなら良かった」
「廉くん、お腹空いていない?」
「空いた」
「ケーキ買ってもらった。お母さんが廉くんと一緒に食べなって」
メロンのショートケーキ、フルーツタルト、チョコレートケーキ。
「美味しそうだな」
「一個だけ、半分こするのはどう? 残りの二つは明日食べるとして」
「そうしよ! 昨日も今日も美味しいもの食べすぎて」
「私も…罪悪感覚えている。でも、スイーツは別腹」
「ユヅ、どれにする?」
「メロンのショートケーキ」
「かなりの存在感だもんな」
「皿とフォーク持ってくる」
「ありがと」
「皿一つでもいい?」
「うん」
ケーキ用のお洒落な皿に、メロンのショートケーキをのせる。ステージでスポットライトを浴びているみたいな輝きを放っている。
「廉くんから、どうぞ」
「ありがと。じゃあ、いただきます」
「うまっ」
美味しさのあまり、眠気が吹き飛ぶ。
「じゃあ、私も。食べようかな」
フォークを手にし、口に運ぶ。
「おいしっ。さすが、一切れ二千五百円」
「えっええ。二千五百円?」
「うん」
値段を聞いてから、ケーキへの向き合い方が慎重になる。
「廉くん、もう少し食べなよ」
「おぉ」
無くなっていく二千五百円を見る度に、弱気になってしまう。俺らの学生時代の給料で換算すると、三時間分。
「美味しかった」とソファーに寄り掛かる廉介と優月の声と行動がシンクロする。
◆悠都×汐里
先生、一人で寂しい思いしたりしていないかなと、家でクリスマスパーティーを家族でしている悠都は、心配していた。自分があの子のクリスマスをトラウマにしてしまったのではないかと思い、心に暗い影を落とす。
今日、楽しかった。汐里は、こたつに入り、冷蔵庫から出した冷え冷えの缶チューハイを机に置き、積み上げられたみかんを眺めながら、今日のことを振り返っていた。なぜだか、レオンといた時と同じ温もりを感じた。いつもは、寂しさを抱えて過ごすのに、今日は大丈夫そうだ。悠都くんのおかげかな。悠都くん見ているとなぜだか、レオンを思い出すん。来年も悠都くんと一緒に過ごせたらな…
よし、チューハイ飲んで寝よ。明日から、また仕事だし。いつもは、レオンが亡くなった日のことを思い出して、喪失感で心の中が冷たくなっていたけれど、久しぶりに、レオンといた温もりを思い出すことが出来たから、その最高のクリスマスプレゼントを抱きながら、良い夢が見ることができそう、そんな気がする。レオン、どうしているかな…人間に生まれ変わっていないかな。会いたいな。会って、むぎゅーしたいな。
クリスマスが終わろうとしている夜、ケーキを分け合い、幸せな時間を分かち合っているものもいれば、それぞれの場所へと戻り、今日の出来事を振り返って思わず幸せな気持ちに浸るものもいた。来年は、どんなクリスマスを迎えることが出来るのだろうか。