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 これは、俺の前世、犬だった時の記憶。
「ねぇ、レオン」
 どうしたんだ? 汐里。
「私と結婚してください」
 どこかおかしいのか、まさか熱があるのかとおでこに手を置いて確かめる。
 熱くないから熱はないはず。俺の行動に気づいたのか汐里は口を開く。
「熱ないよ」
早すぎる。まだ、六才になったばかりだよ。しかも、俺、犬だし。汐里よ、プロポーズは人間にしてもらいな。
「レオンのこと大好きだから。本気だから」
 真っ直ぐな目で問いかけられる。そして、心臓の鼓動が早くなる。
俺も汐里のこと好きだよ。でも、この先、汐里には付き合い結婚したいと思える人が現れるはずだ。現実的に、犬と人間は結婚できない。俺は長く生きれない。お金稼げないし、幸せにできない。大きくなったら、世界が広がり、この人だ! と思う人が現れるからさ。
でも、もし、汐里に良い人が現れなかったら、その時は俺が……来世、人間になって、汐里のことを迎えに行くからさ。
「約束だよ。レオン」
 あぁ、分かった。約束な。


 汐里が河川敷のグランドを見下ろしている。中学生ぐらいの子たちが楽しそうに、サッカーをしている。本当は、座りたいのだが、スーツだから辞めた。
「おーい! 先生、満島先生!」
 汐里を見つけた悠都が叫びながら、走ってくる。その声に気づき、振り返る。
「あ、悠都くん」
「合格してました!」
 まだ距離があるのに、悠都は早く伝えたくて叫ぶ。嬉しさを噛みしめ、息を整えて、汐里は口を開く。
「おめでとう!」
 叫び終わったら、悠都が着いた。
「あの」「あの」
 ちょうど被ってしまう。あまりのぴったりさに、笑みも重なってしまう。
「ジャンケンで決めますか」
 悠都の提案に、汐里は頷く。
「最初はグー。じゃんけんぽん」
 汐里はグー、悠都はパー。汐里は、グーの手のまま、今にもその手で殴る勢いで、くやしさを顔に滲ませている。殴られないうちに、悠都が言葉にする。
「俺が勝ったから、先言いますね」
「うん」
「先生のこと、好きです。俺と付き合ってください」
 悠都は、何も特別な言葉で飾らないストレートな告白をする。
「あのさ、悠都くん、レオンでしょ? 昔、一緒に過ごしていたボーダーコリーの」
 一瞬、驚きはしたものの、いつかは気づくのではないかと心のどこかで覚悟をしていた。だから、腰を抜かすなんてことはしない。
「はい」
「ずっと会いたかったんだ」
「俺も。あの日、別れを言うことができなかったから、後悔していたんだ」
「私も……『ありがとう、またね、来世では結婚しよう』って言えなかった」
「結婚⁉ あの言葉はてっきし冗談だと」
「冗談じゃないよ。本気だった。レオンがこの世を去った後も、結婚するなら、心のどこかで、レオンの生まれ変わりの人がいいなって。まさか、こんな近くにいるとは。よく考えてみたら、レオンが生まれ変わっていたら、私より年下なのは明らかじゃん。そんなこと気づけないなんて、私馬鹿じゃん…」
「まぁそういう所が汐里らしい」
 犬だった時は、心の中で、「しおり」って、数えきれないほど叫んでいたけど、人間だから、ちゃんと言葉にして、大好きな人の名前を呼ぶことができる。嬉しさが、心から溢れそうだ。
「ちょっと!」
 すねた顔をして、俯く素振りを見せる。
「でも俺も驚いた。まさか、自分の前世の記憶を思い出す日が来て、そして、こんなに近くに、前世の飼い主がいるとは」
「あ、返事しなきゃね。よろしくお願いします」
「良かった。何泣いているの」
 汐里の目に、涙が浮かんでいるのに気づく。
「昔はレオンの方が年上だったのに、今は私の方が年上。私大人になったでしょ」
 声までもが潤み始めている。
「そうかな。でも、大きくなった。立派に成長して。昔は、あんなに小さかったのに」
 悠都は、汐里の頭にちょんと手を載せる。
「ちょっと。そんなレオンは昔と変わらず、かっこいいし、背高いし、世話焼きなところは変わっていないね」
「涙拭いて」
「あぁ、化粧直さなきゃな」
「行くよ、汐里」
 悠都は汐里の手を掴む。
「はいはい」
「あ、忘れてた」
 悠都は、汐里の唇に、キスをする。
「ちょっと」
「いいじゃん。昔は、いつものようにしていたんだから」
 悠都の言葉と何食わぬ顔に、思わず頬を染める。