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「優月!」
 守に借りた車で、廉介は、優月を迎えに来ていた。車を止め、外に出て待っていると、優月の姿が目に入る。重い足取りで、歩いてくる。何て、声をかけるべきか悩んでいると、俯いていた優月が顔をあげる。
「廉くん。私……」
 悲しそうな表情をする優月に、廉介の頭の中に心配の雲がかかり、今にも雨が降りそうだ。何て声をかけてあげれば……
「合格していたよ!」
 雲がかった空から急に太陽が覗き、舞台袖に捌けるかのように雲が動いていく。
 優月は顔を綻ばせている。廉介は、急激な感情の変化についていけず、反応が遅れてしまう。
「やったじゃん。おめでとう! 暗い顔していたから心配していたんだよ」
 安堵の声を漏らす。
「ごめん、ごめん。あの、廉くん」
「俺と付き合ってください」
「えっ?」
 優月は、目を丸くする。
「チワワのユズも今俺の目の前にいるユヅも好きなんだ。ユヅの告白嬉しかった。ただ返事をするんではなく、ちゃんと面と向かって、俺から自分の言葉で告白したかったんだ。じゃなきゃ、また後悔するからさ」
「廉くん」
「今度は俺の方が先死んでしまうけどいい?」
 優月は、一歩前に出て、廉介の目を、星を見上げるかのように見つめる。
「もちろんだよ。長さなんて関係ない。私は廉くんといられるだけで幸せなんだから」
「時間が許す限り、俺と一緒にこれからもいてくれますか」
 優月の言葉に胸がじんわりと温かくなる。
「もちろんです」
 溢れんばかりの笑みを浮かべる。
「良かった。じゃあ、帰ろうか」
 廉介がポケットから、鍵を出し、開けようとすると、優月が廉介の胸に飛び込む。
「ずっと、こうしたかった」
 いいよね…抱きついても。昔はなりふり構わず飛びついていたけど、人間になってからは、その勇気が出なかったし、困らせるだろうと我慢してきた。でも、私たち、恋人…
「ユヅ」
 廉介の声が耳に届いた瞬間、優月の胸が高鳴る。腕が、腰に回される。顔が少しずつ近づいてくる。その瞬間、世界が止まっているかのようだった。
 次の瞬間、二人の唇が混じり合う。
 優しく、しかし確かなその感触に、胸の奥がじんわりと温かくなる。まるで時間そのものが溶けてゆくようだった。そっと目を閉じ、ただその瞬間に身を委ねた。
 ユヅにあんな目で見られてしまったら…思わず、抑えきれずしてしまった、キス。誰も見てませんように。でも、さっきから、異様にワンワンと鳴き声が聞こえてくる。なぜか、色々な犬が、俺たちのことを見つめていた。ぱっと見、十匹いる。数えている間に新たな犬が加わっている。
「ユヅちゃーん!」
 よく見ると、昔、ユズがお世話になった動物病院の木野先生が手を振っていた。え、いつの間に、知り合いに⁉
「木野先生! 合格してましたー」
「おめでとー!」

「優月ちゃーん」「お嬢ちゃん!」「ユヅちーん」「ユヅおねーちゃん」
 ワンワンサウンドが響く中、優月が手を振っている老若男女が目に入る。何⁉この状況。

「優月ちゃん‼」
 一匹の大型犬と、二十代ぐらいのスポーティーな服装のお姉さんが手を振りながらやってきた。
「ジョン! ありがとう。話聞いてくれて」
「優月ちゃん、受験お疲れさま」
「ありがとうございます。合格してました」
「だから、ジョンがこのルート通ろうって言ったんだ。おめでと!」

「その節は、リックがお世話になりました」
 次に来たのが、六十代ぐらいのおばあちゃん。深々と頭を下げている。その節って、いつのこと⁉
「いえいえ、リック! ダメだよ。ハルさん、困らせちゃ。また、何かあったら、話聞くからさぁ、勝手に家から飛び出しちゃだめよ」
「ユヅちゃん、本当、リックの気持ち分かるのすごいわよね。リックだけではなくて、他のワンちゃん猫ちゃんまで救っちゃって。また遊びに来てね。悠都くんと」
 知らぬ間に悠都と何があったんだ。
「はい! リック! またね!」
 なぜ、こんなに犬が集まっているんだ。ユヅが苦手な大型犬も。克服したの、いつの間に⁉
 訪れていた犬や飼い主を相手にし終わった後、これは、どういうこと? と頭の中に? が埋め尽くされていく。その様子に、気づいたのか、ユヅがぐちゃぐちゃとした表情を浮かべる。
「ごめん。話せば長くなる」
 前世の記憶を思い出し、それから動物の声とか、鼻が利くようになって、警察犬のように、迷子のペットを探すバイトをしたりしていたとか、法学部に入りたいと思ったのも、ペット弁護士という職業に就きたいと思ったからだとか、実は、まだ話していないことがある。
「そうか」
 あとで、じっくり話を聞こうか。俺の知らない所で何が起こったのか物凄く気になる。聞かずに放置したままだと眠れないほどに……。